本は爆弾のように爆発できるか？ エレナ・ポニアトウスカ 「剣のお話」はサパティスタ反乱のもつモラル面での特性を説明している。ドミティーラ・ドミンゲス(愛称ドミ)の素敵なイラストつきのお話のなかで、副司令官マルコスは、弱く見えるものに暴力を行使してもむだだと警告している。「我々は水のようになるべきである」このように彼は結論で述べている。このお話は次のような筋である。権力の偽りの武器である剣が一本の木を屈服させ、切り倒した。その後、刃はこぼれたものの、剣は石をバラバラに切り刻んだ。おとなしくて静かな水を睨みつけ、剣は自分が負けることは絶対にないと自慢した。水の静かな態度に剣は怒りを募らせた。剣は水中に飛び込んだが、やがて錆びつき、死んでしまった。剣は木や石にできたことを水には実行できなかった。ナルキッソスのように、自分の影に溺れてしまい、剣は死んだ。 1994年1月1日、北米自由貿易協定の発効とともに、サパティスタ民族解放軍(EZLN)は,チアパスにあるメキシコ南東部の山中で武装蜂起した。この運動の直接の目的は、協定の押し付けに抗議することだった。この協定は、600万人ものメキシコ人が極端な貧困の中で暮らし、治療可能な病気で数多くの人々が死んでいる現状を無視しており、メキシコ人の一割にしか利益をもたらさない代物だった。 マルコスの言葉は、25年以上にわたり密林の中での生活を耐え忍んできた一人の男の言葉である。彼は蛇を食べたことがある。(大きな鼻、緑色の眼、パイプをくわえ、口髭を蓄えた)大学教師だったが、いくつもの胃病を体験している。というのは、熱帯という環境に慣れるにつれて、そうした病気が降りかかったからである。メキシコの公的空間においては、彼の発する言葉はきわめて新鮮なもので、文化に根ざした政治の新しい手法を切り開くものだった。マルコスは権力政党による評判のよくないレトリックを拒絶する。その代わりに、彼は我々の誰もが理解できる言葉、チアパスの男性や女性、子供たちといっしょに長いあいだ暮らす中で培われた言葉を使用する。この人々のおかれている生活条件を分かち合うなかで、マルコスは、「悪女」とよばれ、高熱と悪夢を引き起こす蝿のチェチェムに刺されること、バック・ネェという四つの角がある危険な蛇に噛まれることについての知識を得た。マルコスは雨中を数日も歩きつづけられる。40キログラムのリュックを背負い、休憩なしに数時間も行軍できる。ベルトをきつく締め、数日間、食事を摂らないで済ますこともできる。他の人々を指導できる。しかし、何よりも、彼は深く考えることができる。彼の言葉は、長年にわたり生活を分かち合い、マルコスに自分たちの知恵を与えてきたチアパスの農民の言葉である。彼の発する言葉は大地の言葉である。生き続けるための言葉である。マルコスは一本の樹の下で執筆しながら、カブトムシのドゥリート、夕陽、夜明け前の濃霧、肌さす寒気、スターグラス、老アントニオ、モイ、タチョ、モナルカ、ラモナ、マリベル、アナ・マリア、そしてコオロギやキリギリスなどとの親密な関係について語ってくれる。 先住民の軍隊の副司令官マルコスは、彼の戦争についての考え方が極めて特異なものであることを示してくれる。戦闘は12日間続いた。メキシコ連邦政府軍はいくつかの地域で爆撃まで行なった。政府はEZLNの攻撃にすぐさま暴力で応え、EZLNが農民の中で培ってきた支持を一掃しようとした。国際報道機関はメキシコが結局は第一世界ではないことに気づき、英雄的なサパティスタの主張する真実は世論のなかに深く浸透していった。大規模な大衆動員に参加した学生、教師、主婦たちの手によって、なんとか大量虐殺を阻止できた。圧力に屈したカルロス・サリナス・デ・ゴルタリ大統領は、叛乱者に赦免を与えると言い出した。それに対して副司令官マルコスはコミュニケの中でもっとも印象的なコミュニケで応えた。それは海を渡って広まり、合州国、ドイツ、カナダ、スペイン、イタリア、フランス、英国、エルサルバドル、チリ、ノルウェー、日本、プエルトリコ、パナマ、南アフリカ、アイルランド、ポルトガルから多くの反応が寄せられた(ポルトガルでは、ノーベル文学賞受賞者になる作家のジョゼ・サラマゴは当初からサパティスタ運動を支持していた)。 一番最初のコミュニケでは、スターリン主義的左翼に特有の古臭い専門用語が使われていた。やがてマルコスはコミュニケを書くトーンを根本から変えた。そのことは、叛乱者に対する条件的恩赦を提案した元大統領サリナス・デ・ゴルタリに対する1994年の宣言にはっきりと示されている。この意見表明は先住民の権利を求める最良の弁論と見なされている。それは次のように問いかけている。 サパティスタの展開しているのは、平和な戦争である。武器ではなく思想を駆使した戦争である。国内の先住民族を防衛することを目指している。こうした考えのために、1996年、ドイツのシュピーゲル紙は、マルコスに対して「ポストモダンの最初の戦士」というレッテルを貼った。1994年3月のバハ・カリフォルニア州のラパスに住む一人の子供に宛てた手紙で、マルコスは次のように書いている。 サパティスタの叛乱はメキシコだけではなくラテンアメリカ全体にとっても歴史的な重要性をもっている。それは、マルコスの戦争に関する特異な考え方だけでなく、覆面をしたEZLNの男女によって、500年以上にわたる先住民の抑圧がはじめて公的な場で暴露されたからである。 サパティスタ軍は、学生たちに市民意識を創りだし、彼らは食料や衣料、現金を集め、チアパスへのキャラバンを組織していった。同時に、メキシコ市やメキシコ国内、合州国やヨーロッパ国内の他の多くの都市においても、以前は無関心だった人々にも市民としての意識を創りだした。彼らは今ではEZLNを支援している。この闘争において、密林の最深部にいる通信者であるマルコスにとって、インターネットは極めて大きな意味を果たしてきた。インターネットは銃以上に効率的な手段となった。それによって、より深刻な悲劇が起きることを防止することができた。それまで、世界はインターネットの中のゲリラなど見たことも聴いたこともなかった。チェ・ゲバラはそのような世界の隅々にまで届く装置など持っていなかった。副司令官マルコスは、片目の瞬きによって、外部世界と通信している。サパティスタの闘争は広範な国内外の反応を呼び起こす戦争となっている。メキシコ政府がマルコスやサパティスタを抹殺しようとするなら、直ちに国際的な非難に直面するにちがいない。 同じように世界的な規模で、ドミティーラ・ドミンゲスは、「オウムの緑色の稲妻」−サカテカス出身の詩人ラモン・ロペス・ベラルデを想起させる−や、タバスコ出身の詩人カルロス・ペリセルなら表現したと思われる「紫の重みの下に墜落した青色の嵐」で我々を着色してくれる。峡谷は大地の底に到達し、大地を横断し、色鮮やかな別の仲間の町にまで到達する。このことこそ、我々が再び立ち上がる理由である。われわれが、森や水、カブトムシ（もちろんドゥリートほど賢明ではないが）、パイプ、 本は爆弾のように爆発できるのか？人の心を変えることができるのか？政府は恐怖を感じるのだろうか？本は他者に噛み付き、狂犬病にするのだろうか？副司令官マルコスとドミティーラ・ドミンゲスは本の力を信頼している。彼女は以前『色のお話』（シンコ・プントス社出版）の挿絵を描いたことがあり、闘争の炎で彩られている。その闘争においては、目出し帽はポピュラー・アートとなっている。マルコスとドミティーラの想像力は、なぜ我々がここにいるのかという大義を見出す力を闘争に与える。彼らの後についていくことは、知識を求めて階段を昇っていくとともに、政治・社会・文化の限界を打ち破り、我々の生活の道徳的な側面を認知していくための方法でもある。 チアパスは石油、コーヒー、バナナ、カカオを産出するとても豊かな地域である。この地区だけでメキシコ全域が必要とする水を供給できるだろう。メキシコ人の中で最も貧しく見捨てられた人々が、この地において非人間的な条件の中で生き延びている。マルコスは６歳の少女トニィータのお話をしてくれる。親切な人からの贈物である新品でピカピカの白い靴をもって、彼女は家から逃げ出し、山中に避難した。彼女はその靴を手に持ったままである。「なぜ、靴を履かないの？」と、マルコスが尋ねた。すると、「なぜって、靴が泥だらけになるからよ」と、トニィータは答えた。この小さな少女が靴を履けるように、チアパスの先住民族の尊厳が尊敬されるように、人々の英雄であるビリャとサパタが新しい意味を持つように、五百年後の現在も、土地や自由、頭上にある屋根、仕事、健康管理、食料、教育、機会を手にしていない小さき人々のために、EZLNは戦いつづけている。
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