大統領選挙へのコメント アドルフォ・ヒーリー |
| 七月二日に行われたメキシコの大統領選挙で、制度的革命党（ＰＲＩ）の候補が、びっくりするほどの敗北を喫し、この国の七十年ににおよぶ一党支配の終焉をもたらした。ここに掲載するのは、メキシコの古参ジャーナリスト、歴史家であり、民主革命党（ＰＲＤ）の党員であるアドルフォ・ヒーリー（訳注：みすず書房刊『キューバ革命』の著者）のコメントである。 メキシコの新聞「ラ・ホルナダ」７月４日付から。 |
| 七月二日に行われたメキシコの選挙結果から三つの重要な特徴が出現した。 （１）大統領に選出されたビセンテ・フォックスが主導する現代的保守派の選挙における勝利。 （２）ＰＲＩ（制度的革命党）の地滑り的敗北と、同党と国家の密接な結びつきの崩壊、つまり党―国家体制の分解。 （３）ＰＲＩ体制に対するオルタナティブとしてのカルデナス派野党ＰＲＤ（民主革命党）の敗北。そして七月二日夜のクアウテモク・カルデナスの宣言に見られる、フォックスの現代的保守派政権に対する左からの民主的野党としてのＰＲＤの構築。 それぞれの問題に立ち返ってみよう。ＰＲＩ体制は一九九七年のメキシコシティーにおけるように民主的左派に負けたわけではなく、十九世紀の自らの祖先たちの遠縁の相続人である現代的保守派に負けたのである。この事実の歴史的側面における重要性を軽視するのは皮相なことである。すなわちメキシコの生きた記憶の中で初めて、メキシコはベニト・フアレスの伝統を否定する大統領を持つことになるのだから。 フォックスの勝利の根本をなす諸要因は、私の意見では、市場リサーチや機会主義的連合にあるわけではない。むしろ勝利の要因となったのは、強硬派保守主義とメキシコ社会の重要な部分を占める政治的右派――つねに保守派のＰＡＮ（国民行動党）に投票してきた伝統的な二〇％よりも今日でははるかに多くなっている――に向かう移行である。 サリナス（元メキシコ大統領）の改革は、社会・経済的、そしてある程度まで文化的な変化をもたらした。フォックスに投票した若者たちは富裕な青年たちばかりではなく、彼らにとってはメキシコ革命や、革命から生まれたＰＲＩ国家（それにともなう虚偽もふくめて）の儀礼が、なにものも意味しないような人びとなのである。 フオックスのウソは別のタイプのものであり、これまでのところ選挙民は彼のウソを信じ込むのをやめてはいない。選挙民はＰＲＩの退陣だけを考えていたからである。七月二日夜のフォックスの演説の空虚さは、彼がなにも言うことがなかったからではなく、彼を支持した不均質な選挙民のどの部分ともいさかいを起こしたくなかったからである。 メキシコの新しい保守派大統領は――レーガン、サッチャー、メネムのスタイルで――雇用、賃金、教育、民営化、減税、チアパス問題、ＧＤＰの年間七％成長等々といった矛盾に満ちた、つじつまの合わない約束を履行することができないだろう。しかし彼は権力の座につくや、軍の総司令官となる。私は彼が独裁者になるだろうと言っているわけではないが、彼の綱領は一定の力の行使を必要とするのである。 ビセンテ・フォックスは、金融・通商の規制緩和、大規模な民営化に続いてサリナス改革を完成させることを追求している。それは市場の要求に指示された教育システム、社会的保護の最終的解体、逆行的税制、雇用関係をより柔軟化するための連邦労働法の改革、労働における権利と保障の一掃、団体交渉の最終的破壊（それはＰＲＩの企業的協調組合の解体に行き着く）などである。 フォックスがこうしたプロジェクトには六年（大統領任期）では不十分であるというこことに気づき、彼の再選を可能にするために憲法改定をすすめようと願うのは、ありそうなことである。彼の政権の黄金律は、サリナスの時代の限界を考慮に入れたとしても国民の共通の遺産だったすべてのもの――文化的物資、石油、共同体の土地、森林資源――の民営資本化に道を開くことであろう。 だれも彼と彼の友人たちを止めないなら、われわれはゴルフクラブを握り最新モデルの車を運転する一部の大金持ちに代表される、バラバラのアトム化した国を持つことになるだろう。このような国に向けた枠組みは、すでにサリナスによって打ち立てられてきた。サリナスは候補者ではなかったがこの選挙の大いなる勝利者だった。 そのコストを支払うことになるのは貧しい人びとや農民であろう。フォックスがただちに述べたように、彼のマクロ経済政策はエルネスト・セディジョ（現大統領）やカルロス・サリナスと同様である。彼は、経済閣僚の中にこの政策の著名な推進者を何人かふくめることを約束した。この分野では変化はないし、むしろ着実な継続性が見られることになるだろう。 ビンセンテ・フオックスは、ＰＲＩがつねに支配下に置いてきた新聞、テレビ、ラジオといったマスメディアの帝国を、あるケースでは解体し、また別のケースでは再形成して彼の意のままに従属させるだろう。ＰＲＩの地域的支配領土については彼はそれよりも多くのことをなす必要がある。そこでは彼は自らの「複数主義的政府」の中で交渉し、それらを組み込まなければならないだろう。 しかしそれにもかかわらず大きな新しい進展は、法人型国家の利益誘導型の地域的、農業的、経済的支配領域が、その基盤、統一の支点――すなわち連邦政府と国家、彼らの党であるＰＲＩとの統一関係――を失ったことである。それがいかにして自らの政治的機構や政治家の一団、技術屋たちを再生利用するかを知るのにはまだ早すぎる。しかしそれは消滅しないだろうし、政治的現実の一部としてとどまり続けるだろう。 ＰＲＩがはじめに、おたがいに争っている指導者とマフィアのある種の提携関係に終止符を打ち、もともとの状態に戻ることはありうる。しかし今日の世界は以前とは別のものであり、金銭関係、当面の利害区域の仕切り、経済帝国、マフィア、麻薬取り引きといった利害関係やシンボルも異なっている。帝国が自らリサイクルに出す最初の部分は麻薬取り引きだというのが確実なところだろう。 しかし重大な敗者は、メキシコで巨大な比率を占めている農民である。フォックスの勝利は、メキシコ国家と農民との間の長期にわたる協定の決裂を意味する。その協定の最後の、そして最もゆがんだ形態はやはりＰＲＩの農村基盤であった。 サリナスの改革の継続であり、それが頂点に達したものであるフォックスの改革は、メキシコ人民の抵抗に出会うだろう。変革のために彼に投票した人びとが最初に抵抗するわけではないが。 その抵抗は、別の方向からもたらされる。すなわちカルデナスの選挙運動で広場や街頭を埋め、ＰＲＤに投票した人びと、あるいは強制や習慣によってＰＲＩに投票した人びと、もしくはどのようなことも期待できないために投票しなかった人びとによるものである。彼らはその暮らしと期待の中で、フォックス、ＰＡＮとその追従者に全面的に反対する国とその構想を体現しているような人びとである。 だれかが主張しているように、カルデナスとＰＲＤが当面の顧慮から有効な投票を呼びかけるという屈服的な態度を取っていたならば、彼らは最も無益な態度を取ることになっていただろう。すなわち自らをフォックスの多数派に解消し、フォックスが行うことに責任を取り、現代的保守派、金持ち、サッチャー主義者と新自由主義派の政党と契約するということになっていただろう。彼らは反撃のいかなる可能性をもつぶし、モラルの喪失と政治的・モラル的分解に手を貸すことになっていただろう。 もし彼らがこのような形で屈服したならば、大衆の不満と抵抗から利益を得る者は、民衆の守護者として現れるＰＲＩの首領たちやマフィアということになっていただろう。ちょうど解体したロシア共産党の腐敗した首脳部が、ボリス・エリツィンのやり過ぎに対して民衆が抵抗を開始した時に一定の成功を収めたように。 七月二日の夜、カルデナスは二つの宣言を行った。彼は選挙でのフォックスの勝利を認め、彼の党は新政権に対する野党になると述べた。チアパス問題、社会的権利、労働者、移民、先住民、政教分離、自由、文化、無料の教育、主権、民主主義、寛容といった事柄が、新政権を批判するテーマの一部である。 フォックスと新保守主義の勝利は、ＰＲＩの圧倒的な敗北ではあるが、同時にＰＡＮがＰＲＩの共犯者でありＰＲＩを支えてきた中で、十二年以上にわたってＰＲＩ体制と闘ってきたＰＲＤの奇妙な敗北でもある。 奇妙な敗北というのは、カルデナスが党―国家体制を終焉させるという自らの目的を、サリナスとセディジョの政策の継承者に国家の権力を与えるという「勝利」のコストを支払って実現したことである。 抵抗の先頭に立ち、メキシコ人の権利と財産を防衛し、将来に向けて準備するためには、ＰＲＤは今や事実によって打ち負かされた古いテーマではなく、新しい思考と組織という手段をもってこの新しい現実に直面しなければならないだろう。 いま問題になっているのは、新保守主義の体制やＰＲＩとその国家形態の崩壊・分裂が引き起こす危険に対する正しいアプローチを発展させることである。 七月二日夜のクアウテモク・カルデナスの宣言は、三カ月にわたる選挙キャンペーンの頂点をなすものであり、この国のあらゆる場所で熱気と情熱を持って広場や街頭を埋めた人びと、彼ならびに彼の綱領に投票した人びと、再結集、組織化、抵抗の中核と魂となるてあろう人びとへの回答であった。
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