帰ってきたドン・ドゥリート　�Y

ドゥリート ・ 窓はお菓子のようなものである。おいしく栄養になる

2000年３月

　メキシコ・ＵＮＡＭ大学　ドン・パブロ・ゴンサレス・カサノバ［２月の連邦治安予防警察導入によるＵＮＡＭ封鎖解除に抗議して辞めた元学長］宛て

　「窓はお菓子のようなものである。おいしく栄養になる」
　　−ラカンドン密林のドン・ドゥリート−

　ドン・パブロさま
　きっと、あなたは、この書簡の冒頭に掲げた題辞、そしてその著者のことをずいぶん奇妙に思われるでしょう。それを説明するのは簡単ではありませんが、やってみることにします。すべては・・・・次のような時に起きたのです。

　上空では天が地平線の端から端まで広がっている。天があまりにもピンと張っているため、天の皮が破れ、布切れの間から光が現われている。風はほとんどないが、さっと吹く微風によって、誰かの声の響きが、私のもとへ届いてくる。私はセイバの木から降り、木々に包まれた小さな光の方にむかって歩きだした。何か小さな会合のようなものが行われているようだった。私はそこに近づき、響き合う複数の声を判別するために、私は立ち止まったが、声のひとつだけを聞き取れた。気のちがった帽子と三月ウサギはお茶を飲みながら、あるアンケートについて、ラ・マールと議論をしていたのである。そのアンケートによると、人類の90％は、誕生日を祝わず、記念日を祝うことを拒否することを選択しているそうである。ちなみに、こうしたアンケートが実施されたのはメヒコ南東部の山中だけである。私は自分の誕生日を祝うことを選択した10％に属していた。だから、私はお茶を頂くことができず、議論にも参加できなかったのである。

　毎月、暦の上で21日がくると、お茶がない場合には、何とかして、コーヒーと小さな動物の形をしたお菓子が出されることになる。私が小さな動物の話をしている最中にも、セディージョの拡大内閣（つまり、ラバスティーダ大統領候補の「キャンペーン・チーム」とか呼ばれている彼の内閣）は、次々と宣言を繰り出しているが、そうでなくても弱々しい観衆をますます辟易させるだけである。観衆が尊敬される存在でなくなったというのではなく、最高権力が語りかけることを注意を払っているメヒコの男女の数が加速度的に減少しているというのが実態である。

　ドゥリートは、お菓子の話となると、候補者名簿に自分の名前を探そうとする政治家と同じように口をはさみ、テーブルの隅から姿を現すのである。私がドン・パブロ・ゴンサレス・カサノバに返事（追伸といったほうがよい）を書いている時、ドゥリートは、眼帯と木の義足、カギ爪を脇に置き、次のように叫び、尋ね、せがみ、要求した。
　「誰か、お菓子の話をしたか？」
　「言った覚えはありませんが、文章に書きました。とり乱さないでください。というのも、小さな動物の格好をしているお菓子ですから。私の理解するところでは、それはあなたの好物ではないはずです」
　「どうして、おまえは政治をお菓子のように高貴きわまりないものと一緒にするのだ？ついでに言っておくが、『パンクリーム』の隠し場所をちゃんと知っているからな」
　私はただちに書簡を書く手をやめた。
　「『パンクリーム』ですって？どこにあるのですか？」
　「何にもない。お茶がないのだから、お菓子もない」
　「しかし、ドゥリート・・・いいです。交渉することにしましょう。あなたのイワシの缶詰・・・おっと、失礼、ガレーラ船の整備をお手伝いしますから、『パンクリーム』のある場所を教えてください」
　ちょっと考えた後、ドゥリートは質問した。
　「暴風の時に甲板を掃除し、船垢をとることも含まれているのか？」
　「含まれています」と私は答えた。
　空に一片の雲もなく、暴風雨など何も心配しなくてもよいのが確認できたからである。
　「ついて来い」と言うと、ドゥリートはテーブルから降り、山の中へと進みだした。
　月の明かりでランプは不必要だったが、私はランプを持った。それほど歩かなくてもよかった。ドゥリートはウァパックの前で止まり、一本の枝を指し示して言った。
　「あそこだ」
　彼の指し示す方向を見つめると、小さな粗布袋がぶら下っていた。それは、我々のある部隊がかなり以前から放置していた古い「郵便受け」に違いなかった。ドゥリートは木の根元に座り、パイプを取り出すと、一服しはじめた。私は彼の沈黙が意味することを推察し、木に登って粗布袋を取り外し、それを持って降りた。それを開けて見ると、実際に、その袋には、「パンクリーム」のお菓子、『AA』と記されている乾電池、錆びたランプ、古くて擦り切れたルイス・キャロルの本（『鏡の国のアリス』）、そしてサパティスタの歌集一冊、・・・そして反乱副司令官マルコス！が著した政治理論の本が入っていた。
　私自身、政治理論に関する本を書いたという記憶はない。いや、私としてはそもそも本自体を書いた記憶などない。われわれサパティスタが政治について考えていることを長い文章にして発表するなどと考えようものなら、私の頭はいつも完全に回ってしまっていたのは確実である。しかし、何ひとつはっきりとしないままである。ドゥリートがお菓子のことをていねいに説明をしているのを聞きながら、私は本の頁をめくった。振り返えって見ると、すでに「パンクリーム」の山はなくなっていた。
　「全部食べてしまったのですか？」と彼を非難した。
　「むしろ私に感謝すべきである。『新しい』 PRI以上にひどい悪臭がしていたから。−ドゥリートは私を見つめて付け加えた−誰かさんがおまえのことを気にかけているのを知っているからね。私の親愛なるふしだらなデカ鼻くん、私を信用しなさい」
　「私が郵便受けで見つけたのはこの本です。いったい、どうして、書かれてもいない本が山中の古ぼけた郵便受けで発見されたのですか？」
　「おまえの問題の解決策はそれとは別の本に書いてある」
　「どの本ですか？ルイス・キャロルの本ですか？」
　「当たり前だ！その第５章に目を通してみろ」
　私は言われた通りにした。確信はもてないのですが、回答はアリスと白い女王さまの次のような対話のなかにあるようです。

　「それこそ、後向きに生きるとそうなるのです。初めのうちは、誰でもちょっぴり目がまわるものです」と白い女王はやさしい声で言った。
　とてもびっくりしたアリスは女王のことばを繰り返した。
　「後向きに生きるですって！そんなこと、一度も聞いたことないわ」
　「しかし、後向きに生きることにはとても有利なことがあるのです。私たちの記憶が両方向で機能するです」
　「私の記憶はひとつの方向でしか機能していないと確信しています。私は起きる前のことは記憶できません」とアリスは自分の意見を述べた。
　「それは後向きにしか機能しないという、お粗末な記憶です」と女王は答えた。
　「どんな種類のことをよく覚えているのですか？」とアリスは思い切って尋ねた。
　「ああ、再来週に起きたことですよ」と女王はぞんざいに答えた。
　　　　　　　　　　　　−ルイス・キャロル『鏡のなかのアリス』第５章−

　「どうして私はまだ書かれてもいない本を手にしているのですか？」と私は言った。
　「そういうもんだ。私たちは『窓』と呼ばれている地帯にいるのだから」
　私は彼を奇妙な感じで見つめた。
　「そう、『窓』だ。こうした場所では、過ぎ去ったこと、あるいはこれから起きることであれ、向こう側を見つめることができるのだ。たとえば、こうした場所では、セディージョ大統領の６年間の様子、あるいは彼がもたらした混乱を見ることができる。今や、唯一安定しているのは不安定性だけである。あらゆるタイプの問題がそこにある」
　「つまり、連中によって不安定性がこの地にもたらされたようです。ああ、証券取引所が雲に隠れているのがあなたにも見えるでしょう。しかも、私にはよくわかりませんが、経済指標の数値は、『12月のミス』［1994年12月のサパティスタの自治地区設立行動によるペソ暴落によるいわゆるテキーラ・ショック］なるものは存在しなかったと請け合っています」
　「別の月に起きるからだろう」とドゥリート言ったものの、私が困惑しているのを見抜き、すぐさま付け加えた。
　「ちゃんと理解しなければならない」
　ドゥリートは私を疑いの眼差しで見つめ、次のように言い直した。
　「要するに、おまえは・・・・次のことを理解しなければならない。それよりも、私が現在執筆しているこの文章を読むほうがよいだろう」
　こう言うと、ドゥリートは数枚の紙を私に手渡した。それにはこう書いてあった。

　「もともと起きるかもしれないことが、そうした時に実際に起きることを説明しようとする覚え書き」

　マクロ経済学的指標−マクロな化粧

　選挙のある年には、そこらじゅうに候補者や嘘が溢れかえるものである。大きな嘘のひとつは、どこにも見当らないはずの経済の急成長の兆候が喧伝されることである。ふつうの人の誰もが苦しんでいることを見ることもなく、政府官僚は黙っているよりは多くのことを物語るいくつもの数値を発表する。マクロ経済の大げさな指標は、わが国における貧困の増大と貧困者層の増大という現実を隠蔽するための大がかりな化粧でしかない。誰もその数値を信用しないという事実に直面した政府は、急激で混乱だらけのメヒコの売却の成果やそれに対する称賛を巨大な金融センターに言わせている。企業家と政府関係者の会合（もっとも権勢を誇っている国の犯罪者クラブ）では、儲けの増大をお互いに祝福しあっているが、メヒコの通りや農村では、生き残ることが日々の戦いとなり、基本的な生活物資やサービスの価格の上昇は、日々の食卓（量が減った食事）、通り（失業・半失業者の増大）、小規模商業（経営不振と閉店）、農村（都市や合衆国への移民増大）に如実に反映されている。
　こんな状態であるが、国の大がかりな化粧は重大な欠陥を露呈してしまった。全国経済学者学会第13回会議で、セディージョ政権の商業省大臣（エルミニオ・ブランコ）は、政府のキャンペーンに関して痛烈な批判を受けることになった。ＵＮＡＭの研究者であるエンリケ・ドゥセルは彼に次のように言った。「3,100 のマキラドーラ企業と国内外の300 の大企業は、国内にある企業数のわずか0.12％でしかないし、雇用に関しては5.6 ％しか貢献していない」（エル・ウニベルサール紙、2000年２月９日、金融部門、リリア・ゴンサレス／アルベルト・ベジョの報告）。中小規模の企業（メヒコにおける主要な雇用源）と比較して、巨大企業は生産関連ラインを創出してこなかったことを指摘しながら、この研究者はユーモアを交えて「これはデータです。グローバル化を憎悪するものではありません」とブランコ氏に言ったという。

　「北米自由貿易協定」と称する大がかりな詐欺（サリナス政権の大嘘の産物）のなかで、今度はヨーロッパ連合との自由貿易協定の締結［３月23日にリスボンで調印］がごく近い将来に計画されている。モダンな化粧法がお気にいりなのか、ヨーロッパ諸国政府は、セディージョに手を差し伸べている。諸政府は、彼の手が先住民の血で汚れていることを気にせず、彼の政府が麻薬取引と緊密に結びついていることを問題にせず、我々の国に民主主義が欠落していることには目をふさいでいる。ヨーロッパ連合の示す柔軟性は十分理解できるだろう。試合で争われているのは、いまなお「メヒコ」と呼ばれているパステルの一切れである。グローバル化という魔術では、ひとつの国はマクロ経済の指標によって計測されるのである。人々は？どこにもいない。売り手と買い手が存在するだけである。その枠組みには、小さきものたち、大きなものたち、そして巨大なものたちという分類がある。最後のものたちは国を売り買いする。そうした存在が国民国家の政府であった時代もあったが、現在では高い売値とバブルのような儲けを求める商売人だけしかいない。

　政治屋と彼らの同調者−聖職者、軍隊、メディア、知識人、国際組織

　以前にも指摘したように、政治屋はしだいに政治的ではなくなり、ますます企業家的になりつつある。選挙の年ともなると、彼らの傲岸不遜な言い草は、宣伝広告の「ブーム」の口調に似てくる。「重要」なのは統治される人たちのことではなく、権力の行使を支えたり、妨害したりするのが誰なのかということである。メヒコの政治屋に呼びかけに応じて、高位聖職者、軍隊、電子通信メディア、知識人、国際組織は、「偉大な投票者」に姿を変えていく。それぞれの分野は体制からの便宜を享受しているが、選挙の期間ともなると便宜供与の度合いは高まっていく。市民は端に追いやられ、市民の掲げる要求は選挙投票傾向のアンケート調査に還元されてしまう。声明、反対声明、コメントの応酬などは、側近の提示する合意に一番近いと思われる「オピニオン・リーダー」たちに割り当てられる仕事となり、理念や計画をめぐる真剣な討論とはずいぶんかけ離れたものとなる。
　神聖とされている連帯保証によって、高位聖職者は内部陰謀の露払いを行う。統治者や統治者の野望をもつ人物などとチームを組みながら、高位聖職者は自分たちのことばが政府の政策に影響を与え、指示していることを満足気に眺めている。俗人国家においては暦のなかの恥知らずの日付でしかないのに、公私にわたる会合においては、聖職者と政治家は、パンと塩、共犯関係と恥知らずを分かち合っている。異なっている分野だから、相互に尊重し合おうというものではけっしてない。それは、一部の司教や枢機卿が、ふつうの並みのカトリック信徒（メヒコ人の大多数）よりもメヒコの権力ときわめて密接な関係をもつことを可能にしている一種の共生関係である。改革（レフォルマ）諸法［政教分離を定めた19世紀半ばの一連の法律］があるはずだって？私の尊敬する方よ、それって、通りの名前［メヒコ市の大通り］ではなかったの？

　別の空間においては、別種の司教や枢機卿、つまり右翼の知識人と自認する連中が、教皇であったオクタビオ・パスが占めていた空間を占有するためお互いに戦っている。権力と同伴し、奉仕できる知識人としてのパスという背丈を計測する方法があるとすれば、彼が占めていた教皇の座の特使を争っている小人たちの背丈を計測することであろう。パスとともに、メヒコの右翼の最後の偉大な知識人は消滅してしまった。彼の後継者は右翼であるかもしれないが、知識人と言うにはずいぶんかけ離れている。しかし、メヒコの右翼の知識人の序階制度には、取り巻きだけでなく、必要となれば兵士となるものも存在している。つい最近、大学闘争に対する右翼知識人たちの共同戦線はひどいしっぺ返しを受けることになった。その打撃は、パブロ・ゴンサロ・カサノバという左翼知識人の大学教員からのものであった。このＵＮＡＭの研究者は、合法性は正統性に取って代ることはできないというきわめて基本的なことを明らかにした。つまり、ＵＮＡＭの紛争の場合、「合法性」（左翼の知識人はＵＮＡＭへの連邦治安予防警察の侵入は非合法であり、逮捕された学生に対する刑事裁判も合法性を欠くと主張している）が整っていれば、ラテンアメリカで最大の大学の名誉博士が暴力を受けるには理由はいらないことになったのである。
　左翼であることはゴンサロ・カサノバ自身のなかでは、何か容認できないことかもしれないが、彼が自分の理念に基づいて仕事をしてきた事実は十分よく知られている。知識を司る「枢機卿」たちは支配下のペオン（姓名までもっているのが似ている）に命じて、ドン・パブロに対する攻撃を展開してきた。この戦闘には負けたものの、右翼の知識人は敗北した小競り合いなど何も気に留めていない。彼らにとって重要な戦いは（敗北するに決まっている）理念という分野でのものではなく、進歩的知識人に対する戦いでもない。彼らにとって征服すべき領地、欲しくてたまらない領地とは、すでに一部のものが享受しているように、政治や金を独占している強大な権力の耳元で賛辞をつぶやきながら、「大御所」に寄り添い、権力のテーブルの隅に座ることである。だが、一部のものは、政府の宮殿に集っている道化師と一線を画するためにも他のことをしなければならない。そこで、彼らは雑誌やテレビ番組を作っている。彼らが描く無駄な文章、知識人のネットワークや開放地区なるものは、彼ら以外に誰ひとりとして受取人がいないのである。その開放区では、仲間うちで、コメントし、読み、「批判」し、敬意を表明しあっている。そうすることによって、「我々は新しい権力の良識である。我々が必要であると言っている以上、我々は必要な存在である。権力はその経済的利害や勘定書きを散文や韻文にしてくれる人物を必要としている。道化師と我々の違いとは、我々は、道化師のように小話をするのではなく、小話の説明を行うことである」と。お互いに言い合っているのである。
　この小人たちのいる小さな世界の表面はチェスの盤面のようである。ビショップ、王、女王、ポーン、ナイト、ルークなどがありったけの声で陰謀を企てている。全員が誰が勝つのかを知っている。勝負そのものは重要ではなく、どの升目を、どれだけの時間、占拠するかが重要なのである。騒音によりお互いに耳が聞こえなくなるが、機械は作動しつづけ、現在「新しいＰＲＩ」と称されている政治体制がこの70年間にわたり存続しているのである。この機械の騒音は、回転する歯車の音というよりは、「スポット」広告の雑音に似た音となっている。
　問題が始まったのは、チェスの駒にないものが侵入した時、見慣れない物体が歯車のあいだに挟まった時、つまり妨害によって万能なる「売り買い」が邪魔された時である。

　「見世物」の部に関する国のアジェンダ

　権勢家たちが掌握しているこのメヒコの基本的な共鳴箱は、電気通信メディアのなかにある。しかし、ラジオやテレビは、政治屋の言説のたんなるおうむ返しではなく、それぞれの独自の主張をもっている。誰もそのことを問題にしないため、ラジオやテレビの主張は重要な意見となっている。国の重要な諸問題は言うに及ばず、政治指導者のことは、国全体のアジェンダとはなっていない。選挙キャンペーンやアジェンダは、ラジオやテレビの番組編成に従って行われる。電気通信は、ニュースを配るのではなく、ニュースを作り出し、栄養を与え、成長させ、貸し出すのである。選挙時における政党選択の違いは、それぞれの政党が主張している国の針路ではなく、メディアのなかで各政党が獲得している時間の長さのなかにある。
　重要とされる「視聴率」とは、テレビ視聴者のものではなく、政治屋が手にする視聴率である。主要な政治家の声明や発言の大部分は、実際の状況というより、ニュースの見出しに対するものである。それゆえ、メディアが追い掛ける「その時々」のテーマは、そのような目的で選択されたものである。メヒコにおける政治という大舞台において、政治家は役者であるとともに観客である。ラジオやテレビは、ディレクター、脚本家、プロダクション、照明、舞台装置、チケット販売の役を受け持っている。
　ひとつメヒコを語ることはますます難しくなっており、選挙の時はまったく不可能である。はっきりしているのは、権力者たちのなかで生きている国、そして「オフ・レコ」の状態、つまりニュース番組や独占記事の枠外におかれている国という、ふたつの国が存在していることである。

　オフ・レコ状態にあること、つまり現実

　ＵＮＡＭは「平常」であるというイメージを提示するため、ラジオやテレビでは、懸命であるが無駄な努力がなされている。社会闘争を展開する活動家に対して「法治国家」を強調している論者は、ウィルフレド・ロブレド［連邦治安予備警察（PFP)長官］配下の準軍事組織の大学都市への進攻や数百名に及ぶ大学生の逮捕［２月１日に248 名、６日に632 名が逮捕された］によっても、最高学府の紛争が「解決され」ていないことにびっくりしいる。大学闘争が終焉したわけでもないし、詐欺師のデ・ラ・フエンテが学長であるわけでもない。（ごく少数の人物を拘束しつづけ）逮捕された大学生を少しずつ選択的に釈放することで、無償教育と真に民主的な解決能力のある大学評議会を要求している闘争の活力を削ぐことはできなかった。一時期は混乱したものの、政治犯の釈放、無償教育、大学評議会を掲げ、大学闘争は団結を堅持している。当惑したラジオやテレビは、発言資格を有する者を番組の時間を買い取ったものに限定しようとしている。それ以外の人物は、インチキ記事または「埋め草記事」で扱わねばならない。ラバスティーダの選挙応援チームのなかで、エステバン・（グアハルド）・モクテスマ［元内相・社会開発相］とエミリオ・ガンボア［チアパス問題調整官］が内部抗争を展開しているというなら、自分のこどもたちの釈放を要求して、血を流している両親たちは、いったい誰にとって重要なのであろうか？ストライキ総評議会の語彙に嫌悪感を抱いていたはずのメディア自体が、今では、選挙キャンペーンにおける「クソ−屁−中傷」合戦や、候補者同士による洪水のようなデジタル信号の交換に熱狂している状態である。
　しかし、そうした番組の枠外で、かなりの時間、現実は進行している。そして、そうした現実が上のメヒコに噛みつくたびに、マクロ経済の指標、ニュース番組、候補者の日程などを傷つけている。もうひとつのメヒコの片隅で、ある共同体はテレビ小説、ニュース番組を無視することを決定し、警察官と対峙し、農村師範学校を防衛しようとした。イダルゴ州メヘ［２月19日に師範学校に進駐した警官隊を住民が拘束、武装解除］で主役となったのは、師範学校の学生でも、彼らを弾圧するために派遣された警官でもなく、地区の住民であった。インチキ記事ぐらいしかニュースの情報を持っていない住民、候補者集会で動員数、選挙運動で分配するトルタや清涼飲料水の数でしかない一般住民である。その住民は現れてきた時のように消えていった。雪崩のように出される声明によって、基本的な出来事（衝撃力を伴う「もう、たくさんだ」）や別のものは埋め尽くされてしまう。

　では、チアパスは？チアパスは、国連や国内外の非政府組織のアジェンダのなかには存在しているかもしれないが、国のアジェンダのなかにはない。そのことを回避するためなら、デビ・クロケット気取りのアルボレス［チアパス知事代行］は費用を惜しむことはない。ニュースにおいて「チアパス」が悪く書かれることを回避しようと、今年だけで、クロケットは2800万ペソも使ったという（『南部プロセソ』第１号、2000年３月４日）。その小切手帳を管理していた人物はテレビ・アステカの最愛の子息マヌエル・デ・ラ・トレであった。彼は、昨日、自分の「バタバタ・ヘリコプター」で農村学校を破壊したかと思うと、今日は、家畜の群れのように報道記者を積込み、派遣しようとする。
　政府はチアパスに大量の経済的投資を行ってきたと強調している。しかし、その出費の大半が、「好ましくない」記事を黙らせ、ズタズタになった連邦軍のイメージをよくするための宣伝や紙面買取記事、大嘘などに使われたというのを「忘れてしまっている」。
　アルボレス知事代行の泥棒行為とラバサ調整官のいななきのはざまで、軍は新しい攻撃陣型をとり、これ見よがしに要塞を補強し、飛行機やヘリコプターは偵察飛行を増やし、新聞記事の見出しからほどほどの距離を保ちながら、戦争は継続している。
　サパティスタの先住民はことばの意味を強調している。サンクリストバル市における３月８日［2000年の国際女性の日の行動］、1999年３月21日［先住民の権利と絶滅戦争に反対する全国協議］の女性調整委員、アマドール・エルナンデス［1999年８月に道路建設阻止］の住民、アンパロ・アグア・ティンタ［土地と自由自治行政地区］の住民、チアパス高地のツォツィル、渓谷部のツェルタル、北部のチョルやソケ、山岳部のマムなどあらゆる先住民が、政府によって実行されていないことば、つまりサンアンドレス合意があることを思い出すとともに、メヒコの先住民にとっての平和、正義、尊厳が存在していないことを確認しているのである。
　新聞記事や電信ニュースとは無縁な場所で、人々のメヒコは、抵抗、辛抱強い忍耐、希望・・・・に賭けている。
　何を希望するのか？

　ドゥリートに書類を返すと、私は彼にこう言った。
　「その『何を希望するのか？』というのは、質問？要求？それとも予言なのですか？」
　「窓から覗いてみろ」とドゥリートが言った。
　私は窓から顔を出して、覗いてみたが、信じる気はなかった。
　「どのように・・・ですか？誰がそんなことを言っているのですか！」
　ドゥリートは帰り支度をしながら次のように言った。
　「以上である。窓はお菓子のようなものである。おいしくて、しかも栄養になる」

　こう言って、ドゥリートは今朝の夜明け前のお喋りを終わったのです。
　ドン・パブロ。その後、私は小屋に帰り、あなたの手紙を読み返し、あなた宛のこの文章を書きはじめたのです。
　とりあえず、ドン・パブロ、私たち全員からのあいさつをお受け取りください。あなたの次の手紙には、とくに「パンクリーム」のお菓子（古くないほうがよいのですが）を同封していただけると有り難いのですが。そうすれば、おそらく、また私は幸せな「窓」のところに行けるのですと、ドゥリートを納得させられるでしょう。なぜなら、私が書いたことのない（しかし、いつかは書くと思われている）本について、その本の献辞の部分だけ読むことができたからです。とは言うものの、それ以上は読み進むことはできませんでした。優しさあふれる湿り気のため、そうすることができなかったのです。
　では、ドン・パブロ、お元気で。ご自身をよく見つめてください。窓は壊れた鏡でしかないのです。

　　　　メヒコ南東部の山中より　　反乱副司令官マルコス
　　　　メヒコ、二〇〇〇年三月

　　　　出典−La Jornada,2000/3/25