カブトムシのためのABC帖

叛乱副司令官マルコス

<解説>
このABC帖は1996年の冬、叛乱副司令官マルコスがハビエル・ヌニェスの子供たちに贈ったものである。彼の厚意によって、レベルディア第2号（2002年12月）に転載された。なお、雑誌レベルディアは、インターネットでも読むことができる。

http://www.revistarebeldia.org/

A：ARMA（武器）
　この軍隊は木製の武器を持って歩んでいる。権力は笑って承認した。鏡は権力が永遠で万能であることを明らかにしてきた。「密林がおまえの宮殿に向かって歩みだすまで、お前は統治するだろう」という約束であり、警告だった。1994年の夜明け前、先住民たちが山から下りてきた。彼らは権力の宮殿まで進み、死と忘却を告発した。密林の木々は、彼らの携える木製の銃となって歩む。権力は震え上がり、死滅の道を歩みはじめた。木製の銃が権力に致命傷を与えたのである。

B：BOTA（ブーツ）
　ブーツと兵士について
　一方のブーツは、片方のブーツと完全に似ている。とくに、ブーツを前、下、横から見れば。しかし、内側から見ればどうだろう。
　ブーツは、足、あるいは忘れられたけれど硬くて地味な色のズボンの端を包みこむことを望んでいた靴である。
　ブーツは、歩んできた道中でついた地面の一片であり、ブーツの思い出のかけらである。
　ブーツは、地面をキャンバスとする言葉、鉛筆、消しゴムである。
　ブーツは、海や帆もついている船である。
　ブーツは、片方のブーツの後を熱心に追いかけようとする心である。
　ブーツは、痛む両足のあいだで交わされるお話である。
　ブーツは、いつも下を見つめる階段、眠そうに這いずり回る雲でもある。
　ブーツは、低く留まっている唄である。
　ブーツは、あまりにも貧相な肉にとっては残酷な鎖である。あるいは、下から明日に向けて成長している希望の一片である。
　ブーツは、いつでもブーツとなることができる。しかし、本当を言えば、ブーツは、道に迷っているブーツである。いつの日にか、あらゆるブーツがなるはずのもの、つまり裸足になることを望んでいる。
　我々も、ブーツと同じように、いつの日にか、人間が兵士になる必要がなくなり、ブーツもブーツが本来あるべきもの、つまり裸足になるようにする必要に駆られ、兵士となっている。

C：CARNE（肉体）
　悲歌
　傷ついた肉体、赤く茶色に塗られている
　萎れた過去の肉体、汚された三月の痛々しい昼下がりの肉体
　紫色になり冷え切った肉体、死と愛によって熱を帯び生まれたばかりの肉体
　死んだ肉体、だが、それにもかかわらず、とても生きいきしている肉体

CH ：CHICO （小さい）CHUCHO（犬） CHIQUITO（ちっちゃい）
　チアパスでは、先住民は犬をチュチョという。チアパスの先住民は犬のように生きている。犬のように扱われている。チアパスでは、犬たちも先住民のことを兄弟とよんでいる。

D ：DIGNIDAD（尊厳）
　政府は尊厳という言葉が分からないと言う。記録にあたって調査し、専門家を雇い、委員会を発足させる。それは無駄である。政府は尊厳という言葉を理解できない。尊厳とは一体どのようなものかと、叛乱する先住民に質問するために、政府の代表団が派遣される。叛乱する指揮官たちは笑い、そして踊っている。彼らは失うものがないことを知っている。「尊厳は理解するものではない」と政府に答える。メキシコ南東部の山中で笑い、踊りながら、「尊厳は生きるものであり、死ぬものである」と叛乱する先住民は答える。

E：ESCUELA（学校）
　この学校には先生はいない。生徒もいない。椅子や机もない。教科書やノートもない。この学校は忘れ去られた長屋だ。メキシコの先住民はここで戦うことを学ぶ。

F：FEDERALES（連邦軍兵士）
　政府は兵士を持っている。先住民族も兵士を持っている。政府の兵士は褐色の肌をしている。叛乱する先住民の兵士も同じ肌の色をしている。政府の兵士と武装した先住民はよく似ている。しかし、政府の兵士は、死者がいる下に向かって発砲する。叛乱する先住民は上に向かって発砲する。政府を打倒するために発砲するのではない。歴史を覚醒させるために、叫んでいるのである。

G：GATILLO（子猫ちゃん）
　エリベルト（トホラバルの両親から生まれた３歳のトホラバル）は、泣きながら立ち上がった姉のエバ（５歳のトホラバル）を慰めようと、歯のない口を大きく開けて笑う。彼女が泣いているのは、猫が「ミャオ」ではなく「マウ」と泣いた夢を見たからである。犬が猫を追いかけたので、猫は「マウ」と泣いたのだと、エリベルトはエバに説明した。姉はその説明を疑っていたが、歯のないエリベルトは微笑みながら、込み入った子犬のお話を姉に語りだした。
　ある日、その子犬は袋に入ったお菓子を持ってきたという。言うまでもなく、エリベルトは、ズボンのポケットにあるお菓子を取り出し、それをエバに手渡した。エバは、かくも合理的な証拠によって、涙をすすり上げ、納得し、お菓子を賞味することになった。エリベルトは話しつづけていたが、いつのまにか子犬のお話はアリのお話になっていた。彼の話しだと、アリはお菓子の入った袋を運ぼうとしていた。エリベルトと姉は子犬やミャオでなくマウと泣いた子猫のお話のなど忘れていた。交互にお菓子を舐めながら、二人はアリをじっと観察していた。アリはセロファンの角に取り付いていた。
　エリベルトのお話の猫は小さな子猫である。「子猫」というかわりに、エリベルトは「子猫ちゃん」という。「子猫ちゃん」が「子猫」を意味する国、その国こそ、我々が希望しているメヒコである。

H：HIPOTESIS（仮説）
　メヒコ南東部の先住民であると仮定してください。自分の肌の色が褐色で、自分の言語がメスティソの話す言語と違い、自分の文化は、時間が時間をもっていない時代というずいぶん遠方から来ていると仮定してください。医薬品、食料、仕事、住宅、教育、土地がなく、統治することも自主管理することもできず、自分の未来が異邦人に担保として取られ、考え話す自由がなく、犯罪行為で告発され、誠実であることが罰され、あなたの土地を絶え間なく戦争の影が覆っている。こう仮定してください。こうしたこと全部を仮定し、そして応えてください。こう言いたくなりませんか。「もう、たくさんだ」

I：INSTRUCCIONES（指示）
　指示１：とてもよくできた丸天井の空を造りなさい。緑色か、大地の色でとてもきれいなコーヒー色に空を塗りなさい。雲を好きなだけ散りばめなさい。細心の注意を払って、満月を西の空に、地平線から４分の３の位置にぶら下げなさい。東の空からは、力強く輝く太陽がゆっくりと顔を出している。男と女たちは集まり、愛情を込めてゆっくりと話している。彼らは独力で歩きだすだろう。慈しみをもって、海を見つめなさい。七日目の休息を楽しんでください。

　指示２：必要な沈黙を集めなさい。太陽、海、雨、ほこり、夜で、沈黙の鋳型を造りなさい。忍耐強く、鋳型の片方の端を研きなさい。茶色の服と赤色のハンカチを選びなさい。夜明けを待ち、雨が降り出したら出かけなさい。巨大都市に向かって進みなさい。その様子を目撃し、暴君は恐怖に慄き、お互いにぶつかり転倒するだろう。だが、止まってはならない。闘争は今始まったばかりだ。

J：JODIDOS（厄介者）
　権力者の中で最も権勢を誇る者は、奇妙な民主主義、侮蔑の民主主義を実践する。彼らにとっては、インディオもメスティソも、白人も褐色の肌の人間も存在していない。権勢家連中にとっては、自分たち以外の存在はたった一つの名前しか持っていない。厄介者である。

K：KILOMETRO（キロメートル）, KILOGRAMO（キログラム）
　料理をするために必要な薪を運ぶため、先住民の女性は、キロメートルではなく、レグアを歩く。彼女たちが「一束」と言っている薪の荷の重さは20キログラムにも達する。先住民女性はそのために一レグアも歩く。一レグアは約４キロメートルである。重さや距離の方程式は、女性たちの中に論理的な結論，叛乱という答えを導き出す。

L：LIBERTAD（自由）
　ドゥリートが言うには、自由は明日のようなものである。それがやってくるのを寝て待つ人もいれば、それを手に入れようと夜を徹して歩く人もいる。

LL：LLUVIA（雨）
　密林と歴史の奥まったところにある村では、先住民の小屋が太陽と時間を追いかける長い蛇のような川の岸に点在している。
老アントニオは小屋の中まで入れと招くことはしなかった。太陽の日差しや雨が激しくなると、彼は小屋の暗い入り口に姿を隠した。老アントニオは、扉の支柱のところで応対してくれた。その人物が重要であれば（老アントニオの価値基準では、その人の言葉を聞く価値があることを意味していた）、彼にコルク樫の丸太の端を勧め、老アントニオ自身は、門番のように、身体をなかば出し、なかば入れたかたちで扉の敷居にしゃがんでいた。
　何年か後、ある激しい雨の日、私は老アントニオがそのような行動をしてきた理由を発見することになる。激しい雨や雹のため、私は本能的に小屋のなかまで入ろうとした。老アントニオは手まねで私を押し留めた。中に姿を消し、ナイロンの切れ端を持ってきた。そして、私のために、無言のまま、コルク樫の丸太のうえにナイロンの切れ端を広げてくれた。やがて雨が過ぎ去り、天井や私の帽子から水滴が落ちはじめ、私は老アントニオがくれた布切れで武器を拭きはじめた。
　「雨が降っているのに家の中に通してあげなくて、申し訳ない」と、老アントニオはしゃがんだ格好で詫びた。
　「家の中のほうは、とても惨めだから・・・誰も招き入れたことはない・・・その人が惨めになってしまうからな。人を招き入れるときは、楽しいことを提供しなければならない。好意を持っている人に対してはそうするものだ」
　こう呟きながら、トウモロコシの葉で巻き煙草を作り始めた。
　「水といえども痛みをもたらすことがある。しかし、乾燥したままのほうがさらに痛いものである・・・そのことをお前はよく知っているはずだ」

M：MANOS（両手）
　昨日大地を耕していた手と今日銃を構えている手に違いはない。昨日と今日の手も先住民のものである。昨日も今日も、その手で種を播いている。

N：NINOS（こどもたち）
　メヒコの地下、先住民のメヒコでは、こどもは５歳になるまで、生まれもしなければ、死にもしない。誰にも名前や顔を気づかれることなく、現れては消えていく。先住民以外の世界では、これらの子供は存在ない。誕生もしていなければ、厄介者でもない。微笑みながら、先住民の子供はあっという間に大人になる。気づいてもらうには戦わねばならないことをすぐに理解する。彼らが武器を取って立ち上がったとき、権力が彼らの存在に気づく。それはサパティスタの子供たちである。彼らは、すぐ死ぬことのないように、すぐ大人になっていく。

O：OJOS（目）
　視線を通じて、多くの時間が姿を現してきた。その視線には色があり、その輝きは褐色である。カメラの目を通じて、死をのぞき見る。銃の照準を通じて、生命を見つめている。

P：PASAMONTANAS（目出し帽）
　自らを示すため、サパティスタは身を隠す。姿を潜めるため、サパティスタは姿を出す。このパラドックスははっきりしている。サパティスタには顔も名前もない。そのような存在として、名づけられ、認知されている。

Q：?QUE?（何？）
　この目を輝かせているものは何なの？カメラのレンズでは写しきれないものは何なの？彼の両目が訴えているのは何なの？だけど、そもそも、沈黙しているのは何なの？

R：REGALO（贈り物）
　贈り物と政治屋
　月の一つのかけら・・・
　だが、実際には、それは一つではなく、二つのかけらである。
　月の暗い側のかけらと、月の明るく輝く側のかけらである。
　これから理解すべきは、月の輝くかけらは暗い側があるから輝くことである。
　月の暗い側は、月の輝く側の存在を可能にするものである。
　我々も同じである。
　我々が月の暗い側になるめぐり合わせでも、我々が卑小な存在だからではない。
　そうではなく、我々が暗い側になる準備ができているからである。
　そうすることによって、誰もが月を見ることができるのである。
（つまり、要するに、暗い側によりい大きな価値がある。暗い側は他の天空のために輝いている。その様子を眺めるには、天空をより高く飛ぶことを習得しなければならない）
　他の者が苦しむことのないように自ら苦しみを背負い、
他の者が生きるために死んでいく準備ができている、
そのような者はそれほど多くはない。
そういうことができているのは、ブーツと月、その他のものなどである。

S：SIETE（七）
　闘争は、七つを七回分、成長していく。七つの言葉と七つの道がある。それは、生命、真実、人間、平和、民主主義、自由、そして正義である。真の男と女たちの統率者の指揮棒に力を与えるのはこの七つの道である。だから、統率者は、七つの力を持った指揮棒を受け取るのである。栄誉をもって、彼は指揮棒を携える。真の男と女たちが話していない言葉が、統率者の口から発されることはない。もう、お前ではなくなる。今からはつねにお前は我々となる。

T：TIERRA（土地）
　大地は我々が転倒するときに役立つ。そして、天空に昇るためのトランポリンでもある。

U：UNO（一）
　一はいつも一とはかぎらない。一が三になることもある。それは、かつての一、今ある一、これからなる一である。また、他のものたちが一つになりたいと望んでいるものに、一がなることもある。今、一はなんの意味もない。我々が夢見ている明日には、一は一になる。

V：VIENYO（風）
　本当の意味で世界の指揮官である。ほこりや道を支配下に置き、我々と一緒になって楽しんでいる。そんなに悪いものではないと、言われている。

W：WATTS（ワット）
　電気の生産者であるチアパス州の水は、何千キロメートルも離れた所まで電機を運んでいる。しかし、先住民の住んでいる土塀と木の枝でできた家を照らし出すことはない。和平監視キャンプのメンバーの一人が、ガソリンで動く小型発電機をプレゼントとして残して行ってくれた。パブロの住んでいる村はそれを祝ってフィエスタを開催した。発電機は500ワットで、三つの電球と一台の音響装置をまかなうことができた。フィエスタが終わると、パブロは発電機を保管するために自分の家に運びこんだ。夜明け前だったが、発電機を動かし、家にあるたった一つの電球をともした。パブロとつれあいは初めて電灯の下で愛を交わした。
　息を呑んだ二人の視線はお互いの肌の上を辿っている。パブロとつれあいには７人のこどもがいる。長男は結婚したばかりである。お互いの裸の姿をまじまじと見たのはこれがはじめてである。

X：XENOFOBIA（外国嫌い）
　メヒコ南東部の州チアパスでは、先住民は土地の尊大なる領主たちの憎悪と迫害を一身に受けている。この大地のいちばん最初の住民が異邦人として扱われている。異邦人として生き、そして死んでいる。20世紀末のチアパスでは、褐色の肌とマヤの言葉は不快感を呼び起こす。この地では、緑色のドル札をまとった外国人だけが歓迎されている。

Y：YO（私）
　私はここにいる。この影の中で生きている。私は文字を発射し、銃弾を書く手である。私は終わりのない手紙である。私は七である。私は他者である。私は、立ち止まるとき歩む。私は笑うとき泣く。私は立ち去るときやってくる。私は死にながら生きている。私は内側を見つめる鏡である。私は外側にあるものを映し出すガラスである。私は汚れた窓、歴史の縁である。私はあなたが毎日忘れているあなたである。私、マルコスは、明日を直感で感じる昨日である。

Z：ZAPATISTA（サパティスタ）
　エリベルトは写真のエミリアーノ・サパタ将軍の褐色の視線をじっと見ている。その視線を見つめ、非難し、要求し、訴える眼に見入っている。エリベルトはサパタをじっと見つめ、父親に向かって、「この人は僕たちの仲間なの？」という質問と答えを発する。エリベルトの父親は座り、エミリアーノ・サパタの眼、エリベルトの眼、我々の眼にじっと見入っている。

　　出典：Rebeldia No.2(2002年12月)