世界はどのぐらい大きいの？
テワカン渓谷、シエラ・ネグラ、シエラ・ノルテ、プエブラ市の市街化地区など、別のプエブラの忘れ去られた片隅から、いろんな解答が投げかけられてきた。

アルテペヒでは、一人の若い女性が次のように答えた。
「マキラの工場での一日12時間以上の労働、休日出勤、さらには手当て・保険・ボーナス・利益分配はまったくない。工場経営者や生産ライン責任者による強権的管理や不当な対応があります。私が病気になっても、給料はもらえず、処罰が待っている。ブラックリストに私の名前があるので、ほかのマキラ工場では仕事ができない。私たちが運動を始めると、経営者は工場を閉鎖し、別の場所に移転する。通勤手段も大変悪く、暮らしている家に着くのはとても遅くなる。電気、水道、地代の請求書を見ながら計算すると、生活費が不足することは明白である。飲料水がなく、下水は機能せず、道路には悪臭が立ち込める。前日、よく眠れず、十分に食べられなかったが、仕事に戻らねばならない。こうした事態に対して感じる憤怒の気持ちと同じぐらい、世界は大きい」
一人の若いミステカ女性は、次のように答えた。
「父は12年前に米国に行ってしまった。母はボールを縫製している。ボールひとつで支払われるのは10ペソだが、出来が悪いと40ペソの罰金が徴収される。その後、賃金支払いもなく、契約請負人が村に来るまで賃金は貰えない。私の兄も米国に行く準備をしている。私たち女性は、家族、農作業、仕事を一人でしなければならない。だから、私たち女性が闘いを前進させる役目まで担っている。この不正義に対して、私が抱いている怒り、私の血を煮えたぎらせる怒りと同じくらい、世界は大きい」
サンミゲル・ツィナカパンでは、年配夫婦が、お互いを見つめ、声を合わせ、次のように答えた。
「世界を変革する我々の努力と同じくらい、世界は大きいのです」
シエラ・ネグラでは、ずっと昔から歴史以外すべてを奪われてきた筋金入りの先住民の農民が答えた。
「世界はきっと大きいはずだ。だから、我々の組織をもっと大きく成長させねばならない」
シエラ・ノルテのイシュテペックでは、次のような解答があった。
「悪しき政府やアントルーチャ・カンペシーナ〔PRI右派の農民組織〕の厚顔無恥と同じぐらい、世界は大きいのである。連中は農民たちを迫害するだけでなく、大地まで汚染している」
ウィツィルテペックでは、自治小学校にある叛乱テレビから、次のような真実が流された。
「世界はとても大きい。共同体の歴史、さらには尊厳をもって世界に顔を出し続けようとする切なる希望や闘いを含みこむことができる。故ラモーナ司令官と同じぐらい熟練したひとりの婦人、先住民の民芸品製作者は、マイクを切ったとき、次のように言った。『私たちが感じている不正義と同じぐらい、世界は大きいのです。なぜなら、私たちがすること、必要とするものに対して、与えられるのは悲惨な生活でしかありません。必要なものを昔から目にしていません。手にしたこともありません』」
グランハの近隣地区では、次のように言う。
「世界はそんなに大きいはずがない。なぜなら、我々は貧しい子供たちを包み込むことができないからだ。我々を叱りつけ、迫害し、殴打する。何とか食べ物を手にいれようとしているにすぎない」
コロテナンゴでは、次のように言う。
「世界は大きいかもしれない。だが、大地、水、空気が新自由主義で汚染され、世界は瀕死状態である。世界は破壊されている。共同体が壊れると世界も壊れる。こんなふうに我々の先祖は言っていた」
サンマティアス・ココヨトラでは、次のように言う。
「とんでもない政府の無能力と同じくらい、世界はとても大きい。政府は、我々が労働者として作り出したものを破壊するだけだ。今や、我々は政府から自己防衛するために組織化すべきである。その方が、我々に役に立つ。どうすれば最悪の状態にならないか。それはもう分かっている」

プエブラ、つまり別のプエブラでは、次のように言う。
「世界はそれほど大きなものではない。なぜなら、金持ち連中には、すでに所有しているものではまだ足りず、 我々貧しい人々が所有するごく僅かのものさえ奪い取ろうとする」
別のプエブラで、別の若い女性は次のように言う。
「世界はとても大きい。だから、一握りの私たちだけでは、世界を変えられない。変革できるように、私たち全員が団結しなければならない。団結できなければ、変革できず、消耗するだけである。
芸術家の女性は次のように言う。
「世界は大きい。しかし、腐りきっている。若者というだけで、私たちは脅迫される。この世界では、若者であることは犯罪である」
低所得地区居住者は次のように言う。
「世界は大きいかもしれない。だが、金持ち連中には小さなものだろう。なぜなら、連中によって、共同体の土地、エヒードの土地、低所得者居住区の土地が侵略されている。自分たちの商業センターや豪華施設を建てるスペースがないといって、われわれの土地に侵入している。そこにいることを認められないのは下にいる我々である。そう確信している」
労働者は次のように言う。
「労働組合のボス連中の厚顔無恥と同じぐらい、世界は大きい。今でも、連中は我々労働者を守っていると吹聴している。つまり、上の世界にはクソ野郎どもが巣くっている。つまりパトロン連中である。この頃は、権威者だけでなく、労働組合ボスどもも集まっている。衛生的な付け足しのプロジェクト、つまり何もかもまとめ捨てるゴミ捨て場のプロジェクトを実行しなければならない。それではダメである。そうしない方がましだ。何もかも確実に汚染するからだ。我々が連中を収監すれば、犯罪者たちは騒乱を起こすだろう。犯罪者すら、こうしたバカ連中と一緒に生きたいと思っていないからである」

…土地に記す一歩ごとに我々が驚きつづけたこの別のプエブラも、夜明けだった。私たちは食事を終わり、こうした状況で何を言うべきかについて、私はあれこれ考えをめぐらしていた。すると、門の下に小さな旅行カバンが見えたが、すぐに亀裂に挟まった。すぐさま、旅行カバンを反対側から押している誰かの苦しそうな息遣いが、呻き声のように聞こえ出した。なんとか、小さな旅行カバンが通過した。そして、その後から、何かがよろよろと登場した。驚いたことに、その姿はカブト虫のように見えた。メキシコ南東部の山中ではなく、別のプエブラだとしても、プエブラにいることを自覚していたので、私はドゥリートだとは断言できなかった。悪い考えを押しのけようと、私は帳面に目を戻した。帳面には、この抜き打ち試験の冒頭に掲げられた質問がすでに書き付けられていた。私は帳面に書き続けようとした。だが、私にはすべき価値のあることはなかった。そうこうしているとき、つまり、間抜けなことをしているとき、私は自分の肩の上に何かがいることに気づいた。それを取り除こうとした瞬間、次のような声が聞こえた。

「煙草、持っている？」
「この声は。この小さな声は」と私は考えた。
「何が小さな声だ？私の男らしい声を妬いているのだろ」と、ドゥリートはブツブツと言った。
もう疑いの余地はなかった。熱意というより諦めの気持ちから、私は呟いた。
「ドゥリートなの！」
「ドゥリートではない。私こそ、もっとも偉大な不正を糾す人物、寄る辺なき人々の救援者、見捨てられた人々の慰め、弱き人々の希望、女性たちの叶わない夢、子供たちのお気に入りのポスター、男性諸氏の告白できない妬み、そして…」
「ちょと！ちょと！選挙に出馬した候補のようですね」と、ドゥリートの発言を遮ろうと、私はドゥリートに言った。だが、お分かりのようにまったく無駄で、ドゥリートは発言を続けた。
「遍歴の騎士が奉仕してきた人種のなかでもっとも勇敢な人物、ラカンドン密林のドン・ドゥリート株式会社。しかも、善き統治評議会の認可済み」
こう言うと、ドゥリートは、「善き統治評議会の認可済み。サパティスタ叛乱自治地区（MAREZ）チャーリー・パーカー」という言葉が書いてあるコピーを自分の甲冑の上に拡げた。
「チャーリー・パーカーだって？少なくとも私が出発した時点で、こうした名前のサパティスタ叛乱自治地区があるとは、まったく知りませんでした」と私は不満げに答えた。
「当然だ。お前の援助のため、かの地から旅立つ直前、私がじきじき創設したのだ」と、ドゥリートは言い放った。
「おかしいですね。カブト虫ではなく、煙草を送ってくれと頼んだのですが」と抗議口調で応えた。
「私はカブト虫ではない。お前が嵌りこんでいる窮地から救出するために赴いた遍歴の騎士である。
「私が？窮地ですって？」
「そうだ。本当の道徳的資質が暴露されかねない録音に際して、マリオ・マリンの真似をして、『機知に富んだ英雄』を気取らなくともよい。お前、急いでいるのか、それとも違うのか？」
「いいから、すぐ言ってください。私が急いでと言っているのは…つまり私は急いでいます」
「いいか。最良の遍歴の騎士である私がお前を救出にくることを望まなかったのか？」
少しだけ考えて、私は答えた。
「そのとおりです。正直に言えば、望んでいませんでした」
「いいから、気にするな。私に再会できたとき、お前の心にあった大いなる喜びや溢れるばかりの熱い気持ちを隠さなくてもいい」
「できれば、隠したいのですが」と、私は諦め口調で答えた。
「いいから。いいから。歓迎のためのフィエスタや花火はたくさん用意している。私の下の左側にある腕で打ち負かすべき悪漢とは、どこのどいつだ？ カメル・ナシフ〔年少者に対する性的暴行の嫌疑のあるマキラドーラ繊維産業の経営者、1月に証言を掲載した女性人権活動家を名誉毀損でプエブラ州裁判所に告訴〕、スッカル・クリ〔同じ容疑で米国に拘束されている企業家〕やその他のきわめて下劣な連中と同じような輩は、どこにいるのだ？」
「どんな悪漢、恥知らずの下劣な連中とも関係ありません。質問に答えねばならないのです」
「こっちに来るように 」と、ドゥリートは急かした。
「世界はどのぐらいの大きさなのか？という質問です」と彼に尋ねた。
「よろしい。解答としては、短いものと長いものがある。どちらがいい？」
私は時計を見た。午前３時、つまり瞼を閉じ、軍帽で目を覆う時刻だった。私は躊躇せず答えた。
「短い答です」
「短い答だと！短い答えを披露するため、わざわざお前の足跡を追ってメキシコ共和国の８つの州を駆けめぐったとでもいうのか。腐ったオレンジ、ポップコーン、ケーキでもない。駄目だ。拒否だ。否定だ。却下だ。だめだ」
「それでは、長い答で、お願いします」と、諦めて答えた。
「よろしい。わがデカ鼻の漂泊者よ！これから言うことをちゃんと書きとれ！」
私は鉛筆と帳面を取り出した。ドゥリートは次のように口述した。

「上から眺めると、世界はとても小さい。そしてドル札と同じように緑色をしている。株式市場の価格や相場の指標、多国籍企業の収益率、自国の尊厳を奪われた国〔2月上旬、米国国務省の指示で、メキシコ市のシェラトン・ホテルが、米国企業家との会談のため来墨していたキューバ経済視察団の宿泊拒否する事件が起きた。メキシコ市当局はホテルを営業停止処分〕における選挙アンケート、資本が集積し、生命、山、川、海、泉、歴史、文明全体までが依拠している世界の計算機、ジョージ・Ｗ・ブッシュのとても小さな頭脳、新自由主義という不細工な衣装をまとった野蛮な資本主義のとても短い視線のなかに、世界は完全にはいってしまう。上から眺めれば、世界はとても小さい。なぜなら、人々は無視される代わりに、収入の動きだけが記帳される銀行口座の番号しかないからである。　
しかし、世界を下から眺めると、世界は広がっている。そのため、世界全体を包み込むにはひとつの視線だけでは不十分であり、それを完成させるには数多くの視線が必要となる。下から眺めれば、世界は数多くの世界で溢れかえっている。どの世界も、簒奪、貧困、絶望、死といった色で彩られている。下の世界は、四方八方へ、とくに、左側に向かって拡張している。しかも、諸個人も歴史も、多彩な色に溢れている。さらに、後方に向かっても、つまり下の世界を創造した歴史に向かって、拡張している。さらに、上の光が消えていても、自らを照らす闘いを通じて、自己の内面に向かって、拡張している。そして、上の沈黙が押し潰そうとも、音を立てている。さらに、各自の心の中で、下の人々によって誕生させられる明日は自分たちのものであることを予測し、前方に向かって拡張している。下から眺めれば、世界はとても大きく、数多くの世界をいれることができる。しかも、たとえば監獄のための空間も余っている。
要約すれば、上から見れば、世界は縮んでおり、そこに入れるのは不条理だけである。 一方、下から見れば、世界はとても広い空間である。すべての人々の喜び、音楽、歌、踊り、尊厳ある仕事、正義、意見や思考がはいれる場所がある。それらが下にいる人ならば、差異などまったく無関係である」

私はほとんど書きとれなかった。ドゥリートの解答を読み返しながら、私は尋ねた。
「ところで、短い答えはどんなものですか？」
「短い答えは次のとおりである。心と同じぐらい、世界は大きい。まず、心は世界のことを心配し、その後、下の左側の人々と一緒になって、世界のために戦う」

ドゥリートはいなくなった。私は書き続けたが、天空の月は夜の淫らな愛撫で消耗しきっている…。
私も思い切ってひとつの解答を提示したい。 彼女の髪を両手でかき上げ、耳元に溜息を吐きながら欲望を掻き立て、私の唇が双丘を上下する様子を妄想し、彼女の内奥に私が抱く渇きと同じぐらい、世界は大きいことを理解することである。あるいは、もっと慎ましく、世界を「ほかのもの」にしようという錯乱、下にあるすべての声を聞くために必要とされる耳、上の世界では分断され孤立しているが下に潜んでいる多くの叛乱を結集し、流れに対抗しようという集団の希望と同じように、世界は大きいことを言おうとすることである。
我々が申し立てた憤怒に満ちた棘のある植物と同じように、世界はとても大きい。だが、朝がくればその植物は花を咲かせることを我々は知っている。そして、その日の朝、イベロアメリカ大学〔集会会場となった私立の授業料の高いキリスト教系大学〕は、皆に開かれた無料の非宗教的な大学となるだろう。今は大学の外にいる労働者、農民、先住民や他の人々で、大学内の通路や部屋は溢れかえるだろう。
これですべてです。返事は３部ほど作成し、2月30日に提出せねばならない。ひとつはあなたの良心宛て、もうひとつは「別のキャンペーン」宛てである。そして、最後のものは、「自分たちが永遠だと、無邪気に考えている上の世界にいる人たちへの警告」という明確な頭書きのついたものとなる。

別のプエブラから。
EZLN第6宣言委員会、マルコス副司令、メキシコ、2006年2月

出典−La Jornada, 2006年2月18日