「私が布で身体を覆った例の鶏を怖がっているとでも言いたいのか」と言ながら、ドゥリートは私のリュックの中を覗きこんだ。
「この私がそんなことを？滅相もない。ですが、鶏が昆虫を捕食することは確かです」と言いながら、私はちっぽけな荷物を見つめた。 煙草、パイプ７本（どれも噛み口が壊れ、３つの受け口はひび割れている）、エドゥアルド・ガレアーノの本１冊、補充用の目出し帽数点だけである。
「何も問題ない。第一に、私は昆虫ではない。新種のフェレアス・フォグである。第二に、ペンギンが昆虫を食べないことはぬかりなく調査済みである。そして、もっとも本質的なことは、問題の鶏は自分がペンギンだと思い込んでいることである。おまけに、これから私は旅に出かけるところである」
「で、どこに向かわれるのか、教えていただけませんか？」
「まだ、決めていない。おそらく、銀河系間委員会と一緒に旅することになる。私の控え目な性格ゆえ、明らかにできないほかの感情については言及しなが、お前は楽しみや喜びのことに詳しいだろう。私の再登場が全銀河系の女性たちにどのような反響を呼び起こすか、よく分かっているはずだ。私を一目でも見たいと、あちこちで騒動が持ち上がるのではないか、と夢想している」
「リンチするためかも…」と言いながら、私は冬用と春用の目出し帽を被ってみた。

ドゥリートは私の動作を見ながら、次のような質問をした。
「お前の荷物はそれだけか？」
「なぜですか？ほかに必要なものがあるのですか？」
「フーム…。生命保険は必要だ。もちろん、私が保険の受取人となる場合にだがね」
「ずいぶん気が利いていますね。で、どんな御用でここに来られたのですか？煙草がなくなったのですか？」
「いいか。私の偉大なる知識の一端をお前に授け、私のような明晰で思慮深い知性に由来する思慮深い助言によってお前を助けようと、わざわざここまで来たのである。その助言は、お前の全人生とまでといわずとも、旅行の期間、大いに役に立つだろう。 しかし…煙草を全部持参するつもりではないだろう？どうなのだ？」
「心配しなくても、少し残しておきます。私のためにわざわざお越しになったという助言とは、『通りを横断する前に、周りをよく見なさい』といったタイプのものです？」
「いいか。お前は見ることに言及したが…言いたかったのは、まさにそのことだ…」
「視線についてですか？」
「そうだ。この点に関して、下、そして左側を見つめるべきだと、サパティスタは前から強硬に主張している…」と言うと、ドゥリートはパイプに火をつけた。
「それで？」と、ドゥリートの回りくどい物言いに我慢できず、私は彼を急かした。
「いいか。見ている者のいる場所をよく考慮すべきである。上方から見下すことと、同じレベルで見ることは、同じではない。資本主義は上から下を見おろし、下にいるものを搾取し、強奪し、侮蔑し、弾圧する。それは権力者の視線にほかならない。権力というものは、人がいる所では、その数だけでなく、負債者、利益率、アンケートの支持率、昇進…あるいは壊滅すべき障害を観察する」

渦巻状の紫煙を吐き出しながら、ドゥリートは次のように続けた。
「そして、同じレベルに立って下を見る者は、抵抗しながら見つめるのである。相手や自分自身を認識するため、つまり自らを確認し、他者との異同を確認するため、見るのである。しかし、その視線はそこで終わらない。抵抗闘争を変革闘争に転換するため、その認識や確認は組織化されるべきである。そのために、視線はさらに大きなものになることが必要となるが、固有のアイデンティティを失ってはならない。さらに、私の敬愛するデカ鼻の巡礼者よ、お前はよく知っておかねばならない。自分の歴史的意義、その後の歩み、将来の世代に対する責任を十分に自覚しながら、前方を見つめている者が、闘争になかにいるということである。この視線は、現在における自分の活動に基づくものである。下からの変革について考えるのではなく、自分の名前がつく通り、将来建てられる銅像、未来の権力の典礼儀式に名前がのることを考えている。そのような視線になるのは、自分がやったことを見るためだからである。 しかし、自分の名前が将来どのように評価されることなどまったく気にかけず、過去の世代に対する責任感を自覚して、自分に先行する人々とのあいだで結んだ義務を最優先しながら、後方を見るものもいる。この視線も、現在における自分の活動に基づくものである。下の左側で、つねに欠けているものは何かを考えているのである。これこそがサパティスタの視線である。いつもなすべきことは何かを見つめて、活動している。やり残しのこと、決着していないことこそ、サパティスタの財産である。それゆえ、闘いのなかで、遺産として銅像をもつものもいる。だが、サパティスタは、欠けているものや不完全なものを照らし出す視線が、世代から世代へと受け継がれるようにする媒介者である。一人のサパティスタは次に続くサパティスタに遺産として何を残すのか ？ひとつの視線である。さらに、当然ながら、その視線が意味する義務感である…」

「言っていることをちゃんとノートしたか？」と、ドゥリートは私に質問した。
「フムー…わかりました。すべて書き取りました。まだ、ほかにありますか？」
「そうだ。通りを渡るときには、よく周りを見ることだ…。とくに、おまえと一緒にキャンペーンをしている相手をよく見ることだ。」

メキシコ南東部の山中から　　叛乱副司令官マルコス　　メキシコ、2005年11月

出典―レベルディア37号、2005年11月