「そんなのはインチキだ」とドゥリートが私に口を挟んできた。
「だけど、ドゥリート、待ってよ。メヒコの政党について何も発言してないよ」
「私が指摘したインチキとはそんなことではない。インターネットのポルノ・サイトのことだ」
「だけど、ドゥリート。密林ではインターネットを利用できませんよ」
「私たちがインターネットを利用できないって？欧州連合がうらやましいな。だが、私はインターネットを持っている。ちょっとした才覚と別のものさえあれば、私のアンテナの一つを強力な衛星モデムに転換できるのだ」
「ポストモダンの遍歴の騎士さま、なぜ、インターネットのポルノのサイトがインチキだと分かったのですか」
「雌カブトムシの登場するサイトがないのだ。ヌードとお前が付け加えるまでもない。『糸ようじ』のように細いパンティ姿の雌カブトムシも登場していない」
「パンティだって」
「そうだ。ばかもの。ところで、スペイン女性に手紙をしたためているのか？」と、ベレー帽を深めに被り直しながら、ドゥリートは尋ねた。
「パンティですって？」と私は繰り返した。それは、不可避なことを避けるためだった。つまり、ドゥリートが私の書いていることに手を突っ込んでくることだった。そのために必要となる手とか無作法なら、彼はあり余るほどもっている。
「さて、点検しよう。フム、フム」と、私の肩に乗ったドゥリートは呟いた。
「ルソ［スペイン・テクノ・グループの歌手アンヘル・ルイス・ララの愛称］だって。お前は、プーチンに手紙を書いているのか？そんなことを勧告したかな」
私は抗弁した。
「いいですか、ドゥリート。私たちは親密な関係を暴露しようとしているのではないのです。ここに、ペンタゴンがあなたに送ってきた手紙があります。それは、超毒ガスを作製するための化学式〔10月のチェチェン武装集団によるロシアの劇場占拠事件鎮圧に強力な神経ガスが使われたことを示唆している〕をあなたに要請しているものです」
「ああ、それなら断った。私のガスは、私の愛と同じように、売買するのではなく、贈るものだからな。なぜなら、私は気前がいいから、それがふさわしいかどうか確かめることもしないで、いろんな物をあげるのだ」
たまげたことに、アンダルシア風のアクセントでドゥリートは言った。そして、一呼吸おいて、次のように付け加えた。
「お前の書簡のテーマは何だったっけ？ハナタレ小僧よ」
「何でもないよ、おじさん。これからどんなふうになるかとか、叛乱とか、マドリーに開設されるアグアスカリエンテスとかについてです」と、私も部屋中に広がっているフラメンコ調に汚染された調子で返答した。
「マドリーだって？どのマドリーだ。アスナル〔現スペイン首相〕のか、それとも栄誉あるマドリーか？ひょっとして不敬虔なマドリーか？」
「もちろん、不敬虔なマドリーですよ。アスナルが蹴りを入れたくなるのも、不思議ではないですが」
「すばらしい」と、ドゥリートは拍手をしながら踊りだした。その様子はフェデリコ・ガルシア・ロルカが生き返り、ドゥリートのために、未発表の作品、癲癇もちのカブトムシのソレアレス〔フラメンコの一種〕を作ったかのようだった。

　踊りが終わると、ドゥリートは命令した。
「いいか、書き取るのだ。私の発表を読み上げるからな」
「だけど、ドゥリート、あなたはプログラムにありませんよ。いいですか、招待もされていません」
「あたりまえだ。ロシア人は私が嫌いだからな。そんなことはどうでもいい。いいから、書き取るのだ。発表のタイトルは『叛乱と椅子』だ」
「椅子ですって？ドゥリート、またもや・・・出任せではないですね」
「黙れ。このアイデアはサラマゴと私が前世紀末に書き上げた文章に基づいている。その文章が『椅子』なのだ」
「サラマゴですって？それって、作家のジョゼ・サラマゴ〔ポルトガルのノーベル文学賞受賞作家〕のことですか？」と私は尋ねた。
「もちろん。何をいまさら。他に誰かいるのか？さて、その当時、私たちは、何度も椅子から転げ落ちるまで飲み明かしたものだ。ついには床で下の人々の視角と意識で、私はサラマゴに『ぺぺ、このぶどう酒はアスナルのラバよりよく効くな』と言った。彼は何も言わなかった。眼鏡を探していたのだ。
そこで、私は彼に言った。『私の身に何かが起きているようだ。急いで、ジョゼ。いろんな考えがインゲン豆のチョリッソ炒めのようになっている。注意していないと、別の人間がやってきてそれを食べてしまう』
やっとサラマゴは眼鏡を見つけたので、いっしょにこの物語を書き上げた。記憶が間違っていなければ、８０年代の初めの頃だ。だが、著作者には彼の名前しかない。だから、われわれカブトムシは著作者の権利をめぐって戦い続けている」
私としてはドゥリートの未発表のお話を縮めたかったので、彼を急かした。
「もう、タイトルはもう付いています。それ以外に何か」
「さて、ひとりの人間が椅子を前にして示す態度によって、その人物の政治的姿勢が定義できることを論じたものである。革命家（大文字）はありきたりの椅子を蔑んで見つめ、『私にはその椅子に座る時間などない。歴史（大文字）が私に委託している重い任務のため、私はとるに足らぬことに関ってはいられない』と呟く。権力という椅子に到達するまで、彼の人生は過ぎていく。椅子に座っている者を一撃で打ち倒し、便秘をしているかのように渋い顔をして、彼は椅子に座る。そして、『歴史（大文字）は成就された。すべてが、完全にすべてのものが意味をもつようになった。私は椅子（大文字）に座っている。私こそが時間の頂点なのだ』と呟く。別の革命家（大文字）がやってきて、彼を打ち倒すまでそれが続く。こうして歴史（小文字）は繰り返される」
「それに対して、叛乱者（小文字）はありきたりの椅子を見つめ、じっくりと分析する。その後、その椅子から離れて、別の椅子に近づき、また別の椅子に近づく。しばらくすると、会合が始まったような雰囲気になる。なぜなら、他の叛乱者もやってきて、コーヒー、煙草、言葉の増殖が始まるからだ。そして、全員が快適だと感じ始めた瞬間から、誰もが、カリフラワーに青虫がいるかのように、落ち着かない気分になる。それをもたらしたのが、コーヒーなのか、煙草なのか、言葉なのかは分からない。全員が立ち上がり、自分の道を歩みだす。それは別の
ありきたりの椅子に遭遇するまで続く。こうして歴史は繰り返される」
「しかし、これには一つだけ例外がある。叛乱者が何かの拍子に権力の椅子（大文字）と出合う時のことである。彼はじっくりと椅子を眺め、分析する。しかし、椅子に座るかわりに、椅子を爪ヤスリで磨き始める。そして、英雄的な忍耐をもって、椅子の脚にヤスリをかける。そして、誰かがその椅子に座るとすぐに壊れると思われるまで、椅子の脚が脆くなるように磨き上げる。そのような事態は、すぐに起きるだろう。タンタン」

「それでオシマイだって。だけど、ドゥリート！」
「何も言うな。何も受け付けない。このお話があまりにも退屈であること、理論はビロードのように柔らかくないといけないことも、十分承知している。しかし私の理論はメタ理論なのだ。私をアナーキストだと非難できよう。しかし、私の発表はスペインの古参アナーキストへのささやかな敬意としたい。彼らは自らの英雄的行為について沈黙を守っているが、その輝きが曇ることはない」
ドゥリートは立ち去った。彼はやってきたかったのだと、私は確信している。

　さて、冗談はこれぐらいにしておこう。この不躾なカブトムシが介入してきた時、私は何について話していたんだっけ。そうだ、アグアスカリエンテスは反乱の祭典であるということだった。

　　出典：La Jornada, 2002/11/25