長らく休業していたサパティスタ支援者たちが運営する喫茶店が、場所を改めて、新装開店するとのニュースを聞き、クエルナバカから、メキシコシティまで出かけることにした。オープンセレモニーは午後二時半から、どうせメキシコ時間だろうとは思いつつ、つい時間に几帳面な私は、二時半前には最寄り駅の地下鉄２号線ＮＡＴＩＶＩＴＡＳ駅に着いてしまう。

駅を出て、裏手に回るとすぐ小さな十字路があり、右手と左手には、ロープがはられ、交通が遮断され、右手には、パトカーと警官が数人立っている。参加者を検問するための阻止線かと少し緊張したが、喫茶店側のロープは、主催者たちがオープンセレモニーをするための場所を確保するためのロープらしく、人々が三々五々、ビラを受け取ってはその中に入って行く。私もなんの検問も受けることなく、中へ入る。

道路には、大きな舞台がすえつけられ、多くの人たちが会場の設営と飾りつけのために、立ち働いている。いくら人通りが少ない道路とはいえ、道路使用の許可は取っているのだろうけれども、幅十メートルはあろうかという一般道路を一ブロックも遮断してのセレモニーとは。なんというメキシコ的大胆さと大らかさ。そしておそらく、この調子では、三時半を過ぎてもセレモニーは始まらないに違いない。

何時に始まるのかなどと主催者に聞く野暮なメヒカーノは一人もいないらしく、新たな参加者が来るたびに、あっちでもこっちでも、あの、肩を抱き合い頬を寄せるメキシコ流のあいさつが繰り返されている。私は覚悟を決めて、飲み水を買うために地下鉄の駅へ戻ることにする。喫茶店の開店セレモニーとはいえ、店のきれいな白いシャッターは閉められたままなので、水一杯求めることはできないのだから。

天井いっぱいにチアパスの青空

舞台に音響装置がすえつけられ、風船、横断幕等の飾りつけが終わって、ようやくセレモニーが始まったのは、一時間遅れの三時半過ぎ。参加者は二百人を超しているだろう。若い人たちが多いには多いのだが、中年以上の人たちも多い。参加者の半分以上、六割近くが女性だったのは、私には大きな驚きだった。

簡単な主催者のあいさつの後、大きな歓声と拍手のなかで、シャッターが開けられ、店が公開される。舞台では、楽器の演奏と歌が始まり、参加者は代わる代わる店へと入っていく。店は、日本流に言うと間口一間半、奥行き六間といったところか。中央に大きめのテーブルがすえつけられ、椅子が七、八個置かれている。壁際にはサパティスタ関連の本やＴシャツなどのサパティスタグッズが置かれ、販売されている。

そして圧巻なのは、店の壁から天井いっぱいに描かれた大壁画である。壁の下部には、チアパスの大地と黄色のトウモロコシ畑、トウモロコシ畑の上部には、メヒコ南東部の山々が連なり、そしてチアパスの青い空が天井いっぱいに広がっている。山の稜線には、コーヒー豆の形をした、黒い目出し帽をかぶった小さくて可愛いサパティスタの兵士たちが大勢、見え隠れし、チアパスの大地を見守っている。さらに、壁際からは一本のコーヒーの大木が空いっぱいに枝を伸ばし、葉を茂らせ、実を実らせている。良く見ると、その実がまた、サパティスタ兵士たち。

ディエゴ・リベラやシケイロスのデフォルメされた、動きのない、しかしなぜか変にリアリティのある大壁画に食傷気味の私にとって、明るくてのびのびしたこの絵は、ひとしきり新鮮に感じられた。もっとも、この絵を絵はがきにして販売したら、いい運動になるのにとすぐ思いついてしまう私に、芸術を語る資格はないのだろうが。

会場費もとらずカンパをとる風もないのに、喫茶店の商品のコーヒー、ジュース、食事が無料で振る舞われて行く。ここで日本の心貧しい活動家はまた思ってしまう。これほどの数の参加者を集めながら、一銭の、いや、一ペソの金も取らないなんて。参加費を取り、なおかつ会場カンパも集め、しっかり有料で飲食物を提供すれば、どれほどの資金が集められるのかと。

音楽はますます盛んになり、椅子を移動し、ダンスをする場所が作られていく。このセレモニーはこの後、夜の何時まで続けられるのだろうか。サパティスタ支援者たちのセレモニーだから、テキーラはおろか、セルベッサ（ビール）も一滴もここでは飲めないに違いない。

せっかちな日本人の私には、この後このセレモニーが何時まで続き、どれだけの人が集まったのか報告することはできない。五時過ぎ頃には二百五十人くらいいたのは確かである。

サパティスタのコーヒーをぜひ

最後に特筆したいのは、サパティスタのコーヒーについてである。この店で提供しているコーヒーは、サパティスタ支持基盤の村の人たちが作った、有機コーヒーである。以前からこのコーヒーは生産されていたのだが、焙煎ができなかったため、一般の人たちには販売しにくかった。しかし昨年から焙煎できるようになり、個人消費者も買いやすくなった。一キログラム、六十五ペソ（七百円くらい）でこの店でも販売している。サパティスタの支持者たちは、このコーヒーを自分たちで消費するだけではなく、六十五ペソに上乗せして販売し、その利益をサパティスタにカンパしているようである。

コーヒーの味は、油っこさが少なく、酸味と苦みが程よく調和した、さっぱりした味わいのなかなかの味。包装もアルミ箔の湿気を防いだ袋を使っているので、メキシコのおみやげには最適だと思う。場所もソカロから七つめの駅で、行くのも簡単なので、市内観光に疲れたら、一休みするのにも最適だろう。以下に住所を記しておく。

地下鉄２号線　Ｎａｔｉｖｉｔａｓ　徒歩４分
Ｅｌｉｚａ　１４３　Ｃｏｌ．Ｎａｔｉｖｉｔａｓ，２５９５―６９３１

メキシコ、クエルナバカ 尾形 淳

「かけはし」2004.07.5号掲載