彼女の言っていることがわからないふりをして、私は一九八五年に起きたある出来事を説明することにした。一九八五年は、地震が起き、（地震や他のことに由来する）非常事態に市民が直面した年である。

　老アントニオは古い猟銃（単発式猟銃）で山のライオン（北米のピューマによく似ている）を狩った。

　私は以前、彼の使用している武器を小馬鹿にした発言をしたことがある。
　「その武器は、エルナン・コルテスがメヒコを征服した時代の代物ですね」
　その時、老アントニオは反論した。
　「そうだ。だが、今、その武器が誰の手にあるのか。よく見ておくことだな」

　今、老アントニオは皮を鞣すために皮から最後の肉片をはぎ取っていた。そして、自慢げに皮を見せた。皮にはひとつも穴がなかった。「銃弾は目に命中したのだ」と推測した。「皮に傷をつけないためには、それしかない」と思った。
　「その皮で何を作るのですか？」と尋ねた。
　老アントニオは何も答えず、黙ってマチェーテでライオンの皮をこすりつづけた。私は横に座ると、自分のパイプに煙草の葉を詰めた。その後、トウモロコシの葉で巻いた煙草を彼のために作ろうとした。黙って出来上がったものを差し出すと、彼は点検して、すぐに壊した。自分で作り直しながら言った。
　「まだ無理だな」
　いっしょに煙草を吸う儀式を行なうため、われわれは座り込んだ。何度も煙草をふかしながら、老アントニオはお話を紡ぎだした。

　ライオンが強いのは、他の動物が弱いからである。ライオンは他の動物の肉を食べる。他の動物はライオンに食べられるに任せる。ライオンは爪や牙で殺すのではない。ライオンは見つめて殺すのである。最初はゆっくりと……静かに獲物に近づく。ライオンの足には雲のようなクッションがあるので、足音を消せる。その後、ライオンは飛び掛かり、平手打ちを食らわせる。力というより、驚かせて獲物を転倒させるのである。
　その後、獲物はじっと見つめる。獲物は猛獣を見る。このように（老アントニオは眉間にしわを寄せ、私に黒い目をむいてみせた）……。死しかない哀れな小動物は見るしかない。自分を見ているライオンを見るしかない。自分の姿を見られない小動物は、ライオンが見ているものを見る。ライオンの視線に映っている小動物のイメージを見る。つまり、ライオンが小動物を見ている視線のなかで小さく弱くなっているものを見るのである。
　小動物は自分が小さくて弱いと考えたことはない。つまり、小動物ではあるが、大きくもなければ小さくもなく、強くもなければ弱くもない。だが、今や、ライオンの視線に映っている自分、つまり恐怖で固まっている自分の姿を見る。自分の姿を見ているものを見て、自分が小さくて弱いと、小動物は勝手に思い込む。ライオンが小動物を見ている。その様子を見るという恐怖に包まれて、小動物は恐怖を抱く。
　こうして小動物は何も見られなくなる。われわれが山中の寒い夜に水をかぶったときのように、骨まで動かなくなる。小動物は降伏するしかない。ライオンに身を任せる。こうして、ライオンは苦もなく小動物を食べる。このようにライオンは殺す。見つめて殺す。
　しかし、そのようにならない小動物もいる。ライオンと遭遇しても、気にせず、何もなかったように行動する。たとえ、ライオンが前脚で小動物をもてあそんでも、その小動物は小さな前脚で反撃する。その前脚は小さいが、引っ掻かれると、血が出て痛くなる。この小動物はライオンに身を任せることはない。なぜなら、自分を見ているものを見ないからである……つまり、目が見えないからである。この小動物はモグラと呼ばれている。

　老アントニオのお話が終わったように思ったので、私は口を挟んだ。
　「それはそうだけど、でも」
　だが、老アントニオは私に言葉をつがせてくれなかった。巻き煙草を作りながら、お話を続けた。ゆっくりと煙草を巻きながら、ひと巻きごとに視線を上げた。私がちゃんと注意を払っているかを観察していたのである。

　モグラは目が今でも見えない。なぜなら、自分の外側を見つめる代わりに、自分の心を見つめる。内側を見つめることをよぎなくされている。内側を見つめることがどうしてモグラの頭に思い浮かんだのかは、誰も知らない。心を見つめることに関しては、モグラはきわめて強情である。強いか弱いか、大きいか小さいかなど、まったく気にしない。なぜなら、心は心であり、他の物や動物のようにその大小は計測できない。
　内側を見つめることは神々にしかできないことだった。そこで、神々はモグラを罰し、モグラが外側を見られないようにした。地面の下で生活し、歩むようにした。それゆえ、モグラは地下で生活している。神々に罰せられたからである。だが、モグラは悲しまない。今でもずっと内側を見ているからである。だから、モグラはライオンが恐くない。
　心を見ることができる人間もライオンを恐れない。なぜなら、心を見ることができる人間はライオンの力を見ていないからである。人間は自分の心の力を見た後、ライオンを見る。そして、ライオンは人間が自分を見ていることを悟る。人間がライオンを見つめる視線にはライオンしかいない。そのことをライオンは知る。自分が見られていることを知って、ライオンは恐くなって走り去るのである。

　「このライオンを仕留めるため、心を見たのですか？」と私は口を挟んだ。
　「心だって？バカバカしい。わしが見たのは単発式猟銃の照準とライオンの目だけだ。そして、発砲した……。心なんて知らないよ……」と答えた。
　私は頭を掻いた。私の理解では、何かわからないことがあるときにする仕草である。
　老アントニオはゆっくりと立ち上がった。ライオンの皮を手にし、綿密に調べた。その皮を巻くと、私に手渡して言った。
　「おまえにやる。どこを見ればよいかを知っていれば、ライオンや恐怖を殺せる。それを忘れないように、おまえにこの皮をやる」
　老アントニオはきびすを返すと、自分の小屋に入った。それは、老アントニオの用語では、「以上で終わりだ。さようなら」を意味している。私はナイロン袋にライオンの皮を入れると立ち去った。

　トニィータはいつもと同じことをした。例の「チクチクしない」ビロード製の子ウサギを抱えて、立ち去った。
　「死んだオポッサムなら持っているよ」とベトは慰めるように言った。
　彼はお母さんに死んだオポッサムを捨てるように言われた。だが、ベトはそれを五つの風船と交換しようと私に提案してきた。私は丁重にお断わりした。しかし、それを聞きつけた料理係のひとりが、ベトに三つの風船を手渡した。ベトは迷っていた。風船には緑と白と赤があるよと、料理係は説明した。最初の提案では風船は五個のはずだったよと、ベトは強調した。料理係は二つの風船と二つのコンドームという案を出した。ベトは迷っていた。値切り交渉が終わりそうもなかったので、私は立ち去った。

　以上が老アントニオとライオンに関するお話である。それ以来、私はライオンの皮を背負ってきた。われわれは民族民主会議に手渡した旗をそのライオンの皮で包んでいた。その皮をご希望の方はいますか？

　出典−La Jornada,1994/8/26