こうして、私一人だけとなり、寒さにブルブルと震えていた。だが、頭上の雨は止んでいた。今度はパイプの受皿を上側にして、火をつけ直そうとした。しかし、私のマッチは湿っており、火がつかなかった。「クソッタレ！パイプに火がつかない。きっと、私のセックス・アピールは地に落ちてしまうだろう」と、私はつぶやいた。ズボンのポケットをあちこちまさぐり（かなりたくさんある）、カーマストラの小冊子ではなく、乾いたマッチを探した。その時である。私のすぐ近くで炎がついた。
火のむこう側に老アントニオの顔があるのに気づいた。私はパイプの受皿を火のついたマッチに近づけると、一服だけ喫い込んだ。そして、老アントニオに「寒いですね」と言った。彼は「そうだな」と答えながら、別のマッチでトウモロコシの葉で巻いた煙草に火をつけた。マッチの明かりのもと、老アントニオは私をじっと見ていた。そして、天空を見つめた後、また私を見つめた。だが、彼は何も言わなかった。私も黙ったままだった。老アントニオも、私と同様に、メヒコ南東部の山中にある不可解なことには慣れ切っていたからに違いない。一陣の風が吹きけ、マッチの炎は消えてしまった。われわれの周りには、長く使ったため刃が摩滅した斧のような月の光だけが残った。そして、暗闇のなか、煙草から昇る一筋の煙がかすかに見えた。われわれは倒木の幹に腰をおろした。われわれはしばらく黙ったままだったと思う。しかし、私ははっきりとは覚えていない。だが、そのとき、私の気づかないうちに、老アントニオは私にお話をしていたのである。 天空の支持者のお話
われわれの一番昔の人たちによると、天空は墜落しないように支えなければならない。つまり、天空が堅固なものではなく、とてもか弱く、すぐ気を失い、まるで木から葉が落ちるように倒れることがあるからである。だから、天災はいつでもやってくる。邪悪なものがトウモロコシ畑を襲い、雨がトウモロコシ畑を台無しとし、太陽が大地を罰するように照りつける。命令するのは戦争、勝利する嘘、闊歩するのは死であり、考えることはすべて苦悩となる。
われわれの一番最初の人たちは言っている。そうなったのは、世界を創造した神々、一番最初の神々が、世界を創ることに熱中しすぎたせいである。世界を創り終えた後、最初の神々は、天空、つまりわれわれの棲み家の天井を創る余力をもちあわせていなかった。だから、神々は、思いついたものだけを天空に据えることにした。こうして、ビニール製の天井のように、天空は大地の上に被せられたのである。だから、天空はけっして堅固ではなく、あちこち漂うこともある。だから、お前は、いつ、こうした事態が起き、風や大水が破壊を行ない、火が不安を呼び起こし、大地がたち上がり、落ち着く場所を見いだせないまま歩きだすかを知らなければならない。
それゆえ、われわれより前に、四つの神々が到達したと、言われている。お互いに異なった色をした四体の神々は、世界に戻ると、巨大な身体になり、世界の四隅に立った。それは、天空が墜落しないように、じっと静かに平坦でいるように、天空を繋ぎ止めるためだった。太陽や月、星や夢が苦労せずに天空を歩けるようにするためだった。
しかし、この大地で最初の歩みを印した者たちは次のように語っている。ときおり、バカブ、すなわち、天空の支持者の誰か一人が夢の世界に入ったり、眠りこけたり、別の雲に気を取られたりすると、世界の天井、つまり彼が支える天空の部分がうまく張られなくなる。すると、天空、つまり世界の天井は漂いだし、大地に墜落しそうになる。そうなると、太陽と月は自分が歩むための平坦な道をもてなくなる。星も同じである。
最初から、こんな事態が起きたのである。だから、最初の神々、世界を誕生させた神々は、天空の支持者の一人一人に委託したのである。天空を読み、いつ天空が漂いだすかを予測するため、彼らはつねに待機しておかねばならない。ひとりの天空の支持者は、別の天空の支持者に話しかけ、別の天空の支持者が目を覚まし、自分の担当する天井の部分をきちんと張りなおし、あらゆる物事がうまく行くようにすべきである。
この天空の支持者はけっして眠らない。いつも警戒体制をとり、邪悪なものが大地に舞い下りた場合、ほかの天空の支持者を起こすために待機しなければならない。さらに、一番昔に歩みだし、言葉を発した人たちは言っている。この天空の支持者は胸に巻貝をぶら下げている。すべてが正常に回っているか確認するために、その巻貝で世界の騒音と沈黙を聞き取っている。その巻貝で、眠らないように、あるいは目を覚ますように、ほかの天空の支持者に呼び掛けている。
一番最初の人たちは言っている。眠らないようにするため、この天空の支持者は、胸にある道を通じて、自分の心の内側と外側を行き来している。昔の教える人たちは言っている。この天空の支持者は男と女に言葉と書記法を教えたという。というのは、言葉が世界を歩むなら、邪悪なものが静まり、この世界が正常になれるからである。こんな風に言われている。
それゆえ、眠らない者、邪悪なものが起こす悪事に備えて待機している者の言葉は、一方から他方へ直線的に歩むものではない。心の中にある針路にそって自分の内側にむかって歩み、理性の針路に従って外にむかって歩むという。昔の知恵者たちは言っている。男と女の心は巻貝の形をしている。よい心と考えをもつ者は、こちら側から向こう側へむかって歩んでいる。こうして、世界が正常であるようにつねに待機しておくため、神々や人間たちを起こして回っている。だから、ほかの人たちがいつ眠っているかを見守っている人たちは巻貝を使っている。巻貝を使う目的はたくさんあるが、何よりも忘れないようにするためである。
最後の言葉とともに、老アントニオは一本の枝で地面に何かを描いた。老アントニオは立ち去り、私もその場から去った。東の地平線から太陽がちょっとだけ姿を現した。あたかも、ちらっと覗き、見張りをしている者が眠っていないか、世界が正常に回るために待機している者はいないか、チェックしているかのようだった。
ポソールを飲む時間なったので、私はその場所に引き返した。太陽によって、もう大地も私の帽子も乾いていた。倒木の幹の傍らの地面に老アントニオが描いた図面があるのが見えた。それは、きっちりした線で描かれた螺旋、つまり、巻貝だった。
私が委員会の会合に赴いたときは、太陽はすでに道の半ばまで歩んでいた。その前の日の夜明け前、すでにアグアスカリエンテスの死が決定されていたので、今回は、断末魔のアグアスカリエンテスがもっていた機能だけでなく別の機能を有する巻貝の誕生が決定されたのである。
そう、巻貝は、共同体への入るため、そして共同体が出ていくための門のようなものである。内側にむかってわれわれ自身を見つめるるため、そして外部を見るための窓のようなものである。ほら貝のように、われわれの言葉を遠くまで投げ出し、遠くにある者の言葉を聞くためのものである。しかし、なんといっても、われわれは見守り、世界に数多くある世界が正常であるように待機すべきことを忘れないようにするためのものである。
出典−La Jornada,2003年７月26日
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