ずいぶん昔のことだった。その時から、地球は太陽に求愛しながら執拗に周りを十八回も回転した（当時、EZLNは一握りの男女で構成されていた。その数はわれわれの手の指の数より多くなかった）。腹が減ったので、われわれは狩猟に出かけざるをえなかった。
私一人で出かけたわけではない。老アントニオは古ぼけた猟銃を携帯し、地面を見つめ、大地にある痕跡や密林の物音を細かに調べながら、注意深く道を歩いていた。老アントニオの説明によると、発情期のキジの喉を鳴らす音、センソントリの歯を打ち鳴らす音、サラグアトの嗄れた唸り声、クモザルの騒々しい喚き声が聴きわけられた。
正直に言おう（われわれの仲間のあなた方［オアハカ州フチタンの集会に参加した人々］に向かって話しているのだから、今は正直に言わなければならない）。
狩猟に出かけたのは老アントニオだった。私は同行したにすぎない。その時、私はメヒコ南東部の山中はまったく初めてであり、転んでばかりだった。だから、私の限られた経験では、どの音も同じで、何を意味するのか、皆目わからなかった。唯一完全に同定できたのは私の腹のグルグルという音である。その意味はよくわかっていた。腹ぺこだった。
老アントニオは言った。
「よい狩猟者とは射撃のうまい人ではない。むしろ、よく聴きわける人である。なぜなら、どんな人でも物音は聞こえる。だが、聴くということは、それぞれの音が何を意味しているかを発見することである」
ひとことだけ言っておくべきだろう。この時、日はとっぷりと暮れ、夕闇が迫り、近くにある丘の残り少ない地平線も、容赦なく忍び寄る夜に包囲されつつあった。
その時、われわれは一本のセイバの木の根元に座っていた。それは老アントニオによれば「母なる木」であり、「世界を支える木」である。
それゆえ、トウモロコシの葉で巻いた煙草と老アントニオの言葉に点火された火によって、遠く過ぎ去ったいくつもの昨日が照らしだされた。老アントニオは私がパイプに火をつけるのを待っていた。二人で作った煙のなかから必要な記憶を取り出しながら、老アントニオは「この大地の最初の言葉のお話」を私にした。 最初の言葉のお話
われわれの村の最長老たちは話している。
最初の神々、いちばん最初ではない神々、世界を誕生させたのではない神々、いちばん最初ではないが最初に近い神々は、ちょっとばかり怠け者だった。いちばん最初の神々とともに、とても出来のよい世界は誕生した。それ以外にも、トウモロコシの男と女、真の人間たちが創られた。
だが、くだんの神々はとても怠け者であった。仕事をせず、とにかく遊び、踊ることしかしなかった。この神々はふらつき回り、すれ違うたびに、風を起こして女性のスカートをめくり上げ、人々の足にまとわりつき転倒させた。
トウモロコシの男と女、真の人間たちはとても怒っていた。この問題を検討するための会合をもつことにした。トウモロコシの男と女たちは、くだんの神々、いちばん最初ではないが最初に近い神々をその会合に呼び出した。トウモロコシの男と女たちは、命令を下す者は人々の意志に基づいて命令すべきであると考えていた。だから、くだんの神々を呼び出したのである。
その場にいた神々の側も集団の合意を尊重しなければならなかった。皆の役にたつ全員で行った合意は、集団の合意と呼ばれた。こうして、くだんの神々は会合にやってきた。彼らはいちばん最初の神々ではなかったが、少しばかり最初に近い神々であった。彼らは悪戯ばかりしていたが、会合でそのことを叱責された。それ以来、くだんのふらついていた神々は静かになり真剣になった。
まず、トウモロコシの女たちが話しだした。彼女たちはとても憤っていた。くだんの神々が風を起こし、彼女たちのスカートをめくり上げたからである。
つぎに、トウモロコシの人間たちが話しだした。彼らもずいぶん憤りを感じていた。くだんの神々は、蛇のように地面を動き回り、彼らの足にまとわりついた。そのため、トウモロコシの男と女、真の人間たちは倒れそうになった。その会合において、くだんの神々の犯罪はつぎつぎと露見していった。
会合の結果、彼らは集団所有の牧草地にある石を取り除かねばならないという合意に達した。これらの神々は石を取り除くために牧草地へ出かけた。だが、彼らは不平を言った。
「どうして？いちばん最初ではないが、われわれだって神々のはずだ」
彼らは本気で腹を立てていた。大きな石をつかんで、トウモロコシの男と女、真の人間たちの家に赴き、家を破壊した。トウモロコシの男と女たちは、最初の言葉、聴くことができれば、後も前も見られる言葉をその家に保管していた。
この大災厄が起きた後、いちばん最初の神々ではないくだんの神々はずいぶん遠くまで遁走した。自分たちがとても多くの災厄を起こしていたことをよく知っていた。自分たちに降りかかったこの大災厄にどう対処するかを考えるため、トウモロコシの男と女たちは会合を開いた。皆で協力すれば大災厄を解決できるのを彼らは知っていた。
最初の言葉がなければ、トウモロコシの男と女たちは、自分たちの歴史に耳を傾けず、自分たちの明日を見つめはしなかった。なぜなら、いちばん最初の言葉は、過去に結びつく根であり、歩むべき道に通じる窓だからである。
いずれにせよ、会合に集まったトウモロコシの男と女、真の人間たちは、何も恐れることなく、自分たちの考えを探しはじめ、それを言葉にした。その言葉とともに、新たな考えや言葉が誕生した。それゆえ、「言葉は言葉を生み出す」と言われる（サポテカ語では「デイヂャ・リベエ・デイヂャ」という）。
こうして、トウモロコシの男と女たちは自分たちの記憶を大事に保管しようという合意に達した。そして、自分たちの言葉を言語にすることにした。しかし、その言語が忘れられ、誰かがその記憶を奪うことを考え、トウモロコシの男と女たちは記憶を石に刻み、自分たちの考えを教えてくれる場所にその石を大事に保管することにした。ある者は記憶を刻んだ石を山に保管し、ほかの者は海に護るように委託した。
こうして、トウモロコシの男と女たちは満足した。しかし、くだんのいちばん最初でない神々は、かなたの地で道に迷っていた。そこで、自分たちの歩むべき道を見つけるかわりに、自分たちの悪戯のことを固まった糞でできた偽りの神々に話した。それ以降、その固まった糞はお金と呼ばれている。
やがて、その偽りの神々がやってきた。トウモロコシの男と女、真の人間たちの大地に悪をもたらすためだった。そして、トウモロコシの男と女たちがいちばん最初の言葉を忘れるように、いろんな策略が実行されていった。こうして、トウモロコシの男と女たちは自分の歴史に耳を傾けないようになる。その状態はそれから忘却と呼ばれるようになった。また、トウモロコシの男と女たちは自分の明日を見ないようになる。その状態はそれから道に迷って歩くと呼ばれるようになった。
偽りの神々は、トウモロコシの男と女たちが自分の歴史を忘れ、道に迷ってしまえば、彼らの言葉、そして言葉とともに彼らの尊厳が徐々に死んでいくことを知っていた。固まった糞、お金という偽りの神々は、いろんな暴力や策略を使ってきたし、今も使っている。われわれのいちばん最初の人々の言葉を破壊するため、あらゆることをした。
だが、偽りの神々の企みはつねに失敗した。そのたびごとに、トウモロコシの男と女、最初の人間たちは、歴史が刻まれている石が言ったことを読み取るため、山や海に出かけたからである。こうして、最初の人間たちは、お金という偽りの神々の攻撃に抵抗した。それゆえわれわれ先住民は自分の間近に山や海をもっているのである。
それは、われわれが記憶を失わず、道に迷わず、明日をもつためである。
老アントニオはお話を終え、トウモロコシの葉で巻いた七本目の煙草を地面に投げ捨てた。そこで私は質問した。
「その後、その二番手の神々はどうしたのですか？」
老アントニオは叱りつけるように言った。
「くだんの神々は二番手の神々ではない。二番手の神々は今君臨している神々、お金と権力である。くだんの神々はいちばん最初の神々ではない。だが、最初に近い神々である。
さて、くだんの神々についてはほとんどわかっていない。くだんの神々がまた悪戯を始めるのではないかと、先住民はいつも考えている。それ以来、風でスカートがヒラヒラしないように、女性はスカートの丈を長くし、スカートの下の部分をしっかりと閉じている。それ以来、男と女たちは、自分が踏みしめる道によく注意を払いながら、ゆっくりと歩くようになった。
だから、われわれ先住民は下を見つめて歩いている。われわれが敗北したからとか、われわれがわれわれでなくなったので、われわれは下を向いて歩いていると、ものごとをよく知らない者は言っている。それはまちがっている。われわれは敗北などしていない。われわれがこうしてここにいることがその証拠である。われわれはわれわれであることを止めてはいない。
たしかにわれわれは下を見ながら歩いている。転ばないように、忘れないように、道に迷わないように、つまり、われわれは自分たちの歩む道をよく見つめて歩いている」
出典−La Jornada,2001/2/26
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