いずれにせよ、前の夜、そして積み込んだ記憶は、触ることのできない現在よりも現実的である。旅の前の夜は旅のもっとも素晴らしい一部である。
　−ホルヘ・ルイス・ボルヘス−

　また、八月、そして夜明け前である。海は眠り、疲れた雲は白い小さな尻尾を山の上に横たえる。雲が飛行を再開した。その落ち着きのない羽ばたきで、星も眠れなくなる。はるか上の天空では、ちりばめられた青い光のなかに横たわる大きな蛇［天の川］が血を流している。月は顔を洗ったばかりの貴婦人ようである。表に出ようか、それとも留まろうかと、戸惑いながら、バルコニーから顔を覗かせる。下の世界では、一本のロウソクのそばで、ひとつの影が夜と記憶を監視している。別の影がその影に近づいた。一瞬の炎の閃きが、顔を持たないふたつの顔、つまり影のなかの影を照らしだす。
　飛行を始めた雲は少し遅れ、光の蛇の輝くしずくは留まっている。真夜中の太陽ははるか彼方に係留し、窓にある月は動かなくなった。墜落していた星は下降も上昇もしない。すべてがじっとして動かない。
　皆さん［一九九九年八月十三〜十六日にラ・レアリダーで開催された文化財産防衛全国集会の参加者］、注目！よく聞いてください！これからは言葉が支配する時である。
　到着するやいなや、老アントニオは、自分の肺のなかを歩む「さようなら」という言葉で挨拶をする。いつも同伴している咳にめげることもなく、われわれは持参した煙草に火をつける。彼は巻き煙草、私は口にくわえるパイプである。こうして架け橋が始まった。この地では、言葉をこう呼ぶ。一本のロウソクの踊る光線がわれわれを照らしだした。つまり、光、太陽、明日に関するお話である。それは……

　偽の光、石、トウモロコシのお話

　そう、ずいぶん昔のことである。時間が時間を創るための時間をまだ内包していた時である。もっとも偉大な神々、世界を誕生させた神々、いちばん最初の神々は、もとからしていたように、その時も、競走したり、急き立てられたりしながら、歩き回っていた。この最初の神々は踊りや歌にずいぶん時間をかけた。月と太陽を創る作業もずいぶんゆっくりとしていた。これらの神々の仕事は、非常にゆっくりと歩む世界に光と影を与えることだった。
　その時、ブクブ＝カキシュ、最初の七つの色を七度も守る神は、自分が太陽であり月であると思い込んでいた。その神が身にまとう色の光は、とても多くて美しかった。その神が空高く飛翔すると、その姿ははるか遠くからでも見えた。だから、誰でも自分の姿を目にできる。このように彼には思えた。
　その時、すでに地上では、男や女が歩き回っていた。しかし、男や女はそれほどたくさん残っていなかった。最初の神々はすでに何度も男や女を創っていた。だから、神々にとってよい男と女だけが残っていた。自分たちが学びながらやってきたように、もっとも偉大な神々は世界を汚しながら、自分が誕生させた男と女を創り、修正していた。トウモロコシの男と女、つまり真の男と女を完成させる時間はなかった。いつも通り忙しかったので、いちばん最初の神々は、ブクブ＝カキシュがしたことを知らなかった。その輝く光によって全員が自分を崇拝することを望んでいる。こうブクブ＝カキシュは触れ回った。
　そのことを知ったもっとも偉大な神々は、とてもすばらしい考えを思いついた。ブクブ＝カキシュの代わりに据えるため、二人の若い神と二人の年老いた神を呼んだ。若い神々はフナブクーとイシュバランケーという名前である。この名前を持って夜明け前の狩人は歩んでいる。年老いた二人の神々はサキ・ニン・アックとサキ・ニマ・ツィースという名前のひと組みの創造者だった。
　フナブクーとイシュバランケーは、偉大なる光と自惚れていた偽の太陽＝月の口を豆鉄砲で傷つけた。ブクブ＝カキシュが感じた痛さは途方もないものだった。しかし、天空からは墜落しなかった。次に、年老いた神々が出かけ、口の傷を治してあげようと言った。そして、その美しい歯を抜き、トウモロコシの歯と入れ替えた。年老いた神々はブクブ＝カキシュの顔に覆いかぶさり、その両目を見えなくした。
　こうして、ブクブ＝カキシュは偉大な存在になるという野望を忘れた。そして、昔からそうだったように、無秩序に飛行するコンゴウインコとして今はこの山を飛んでいる。
　もとから、そうだった。自分を太陽や月と考え、偉大で力のある光を気取っている人間は、昔も今も、人々のなかにいる。彼が道や目的として設定するものは、黄金、お金、政治権力である。その光によって、人の目を見えなくし、人を変え、偽りのものを確かなものと信じさせる。そして、その二重の顔の後に真実を隠そうとする。お金が地上に嘘だらけの神を造ったとき、その嘘が続くように、偽の司祭たちは政府や軍隊を創設したのである。実際、このようなことが起きている。
　歴史は痛みを抱えながら、待ちつづける。若者と老人が、力を合わせ、お金が持っている嘘だらけの口を傷つけ、血にまみれた犬歯を折るだろう。石とトウモロコシを武器に、若者と老人は権力を丸裸にするだろう。石は石のなかに、男と女はもとから大地を歩いていた男と女のなかに帰るだろう。この戦いは、告発であれ、嘘の暴露であれ、はるか上を支配する虚ろな偽の光を消すことであれ、戦争と呼ばれよう。

　老アントニオはじっと黙っていた。私の手をとり、「もう、来たよ」と言って別れの挨拶をした。そして、立ち去った。私の手を握ったとき、老アントニオは私に小さな石と一粒のトウモロコシを渡した。
　夜の長いスカートに包まれ、何千もの光が待っているのは……。

　　出典−La Jornada,1999/8/16