老アントニオは話してくれた。彼がまだ若かった頃、彼の父ドン・アントニオは、銃を使わずにライオンを殺す方法を教えたという。老アントニオによると、彼が若いアントニオで、彼の父親が老アントニオだった頃、彼の父親が彼にそのお話をしたという。老アントニオは私にそのお話をしてくれた。だから、ラ・マールも私の口を通して語られるお話を知ることができる。老アントニオは私にそのお話をしたにすぎない。だが、私は題をつけた。

　ライオンと鏡のお話

　ライオンは最初に獲物の身体を八つ裂きにする。その後で、獲物の心臓を食べながら、血をすする。残りの部分はソピローテ［ハゲタカの一種］のものになる。ライオンの力に対抗できるものはいない。ライオンに立ち向かう動物はいない。人間でも逃げ出す。ライオンを倒せるのは、ライオンと同じように野蛮で血に飢えた強力な力だけである。

　当時の若いアントニオから見ると当時の老アントニオにあたる父親は、トウモロコシの葉で巻き煙草を作った。そして、カマドの火のなかで光り輝く星のようにパチパチと燃えている木の幹を見つめるふりをしながら、父親は若いアントニオの方を横目でちらりと見た。老アントニオの予想に反して、すぐに若いアントニオが尋ねた。
　「ライオンを打ち倒すほど強大な力とはどのようなものですか？」
　当時の老アントニオは、当時の若いアントニオに鏡を手渡した。
　「私にですか？」と当時の若いアントニオは円い手鏡に映る自分の姿を覗き込んだ。
　当時の老アントニオは楽しそうに微笑むと（当時の若いアントニオはこう言った）、彼から鏡を取り上げた。
　「ちがう。おまえじゃない」と老アントニオは言った。
　「おまえに鏡を見せたのは、ライオンを倒せる力はライオン自身の力であることを言いたかったからだ。ライオンを倒すことができるのはライオンだけである」
　当時の若いアントニオは何か言おうとして、「ああ、そうですか」とつぶやいた。
　当時の老アントニオは当時の若いアントニオが何も理解していないのを知り、お話を続けた。

　ライオンを倒すことができるのはライオンである。そのことがわかったので、われわれはライオンがライオンに立ち向かうようにするにはどうしたらよいかと考えはじめた。共同体の最長老たちはライオンのことをよく知らなければならないと言って、ひとりの若者を任命した。そして、ライオンを知るという任務を彼に課した。

　「あなただったのですか？」と当時の若いアントニオは口をはさんだ。
　当時の老アントニオは黙って座り、カマドで燃える木の幹を調整した。そして続けた。　
　最長老たちは若者をセイバの木の頂に登らせ、木の根元に子牛を縛った。若者は、ライオンがどのように子牛を扱うかを観察し、ライオンが立ち去るまで、木の上で待機しなければならなかった。そして、共同体に帰り、見たことを説明しなければならなかった。若者が待っていると、ライオンがきた。ライオンは子牛を殺し、八つ裂きにした。その後、心臓を食べながら、血をすすり、立ち去った。ソピローテは分け前を待ちながら周りを飛び跳ねた。
　若者は共同体に戻り、自分が見たことを説明した。最長老たちはしばらく考え込んでいた。そして「マタドールがもたらす死は自らの死である」と言った。
　そして、鏡と釘、一匹の子牛を若者に与えた。
　「明日の夜、裁きを実行する」と言って、長老たちは考えを巡らしだした。
　若者はわかっていなかった。小屋に帰った彼はしばらく遊びを見物していた。そこに、彼の父親が帰ってきた。父親はどのようなことが起きたのか質問した。若者は父親にすべてを説明した。若者の父親はいっしょに黙っていたが、やがて話しだした。若者は微笑みながら、父親の話を聞いた。
　翌日、夕暮の空が黄金色となり、灰色の夜の帳が木々の樹冠を覆っていった。若者は共同体を離れ、子牛を連れてセイバの木の根元に行った。母なる木の根元に着くと、子牛を殺し、心臓を取り出した。鏡を粉々に砕き、その破片を血で心臓に貼りつけた。その後、心臓を開けて、そのなかに釘を詰め込んだ。心臓を子牛の胸に戻すと、子牛が生きているように立たせるため、杭を使って骨組みを作った。若者はセイバに木の頂に登り、そこでじっと待っていた。天上では、夜の帳は木々から地上にまで降りていた。「マタドールがもたらす死は自らの死である」という父親の言葉を若者は思い出していた。
　下の世界が完全に夜になった頃、ライオンがやってきた。子牛に近づき、一撃を加え、八つ裂きにした。心臓を舐めたとき、ライオンは血が乾いていることが気に掛かった。だが、鏡の破片によってライオンの舌が傷つき、出血しだした。自分の口についている血は子牛の心臓の血である。こう判断したライオンは興奮のあまり一気に心臓にかぶりついた。釘によってさらに出血がひどくなった。ライオンは自分の口についた血は子牛の心臓の血だと思った。何度も噛んだため、ライオンはますます傷ついた。さらに大量の血が流れだしたため、ライオンは噛みつづけた。ライオンは噛みつづけ、出血によって死んだ。
　若者はライオンの爪を首飾りとして戻ってきた。共同体の長老中の最長老にライオンの爪を指し示した。長老は微笑みながら、若者に助言した。
　「ライオンの爪を勝利の記念杯としてではなく、鏡として保管すべきである」

　こんなふうに、老アントニオはライオンが死んだお話をしてくれた。
小さな鏡だけでなく、老アントニオは古い単発式猟銃をいつも身につけている。老アントニオは、微笑みながら片目でウィンクして言った。
「ライオンが歴史を知らないのは当然である」

　次の文章は、ラ・マールが付け加えたものである。
「ライオンだけでなく、オリベ［アドルフォ・オリベ、一九七〇年〜八〇年代前半の社会運動に影響力を持ったプロレタリア路線の指導者、アクテアル事件後にセディージョ政権内務省特別顧問に就任］もね」