始まりと終わりのお話

　昨日が古いものとなり、世界の片隅に落ち着くまで、それなりの時間が必要だった。偉大なる神々、世界を誕生させた神々、最初の神々はずっと眠りこけていた。全員が踊り、歩き、質問し、疲れきっていた。最初の神々は眠りこけていた。真の男や女と話し合い、歩きつづけるべきである。そのことに神々の全員が合意した。歩きつづけることで、世界は生きていた。偉大なる神々、世界を誕生させた神々、最初の神々はこう言った。
　「われわれはいつまで歩きつづけるの？」とトウモロコシの男と女は尋ねた。
　「いったい、われわれはいつから歩きだしたの？」と真の男と女は自問した。彼らはある質問には別の質問で答えることを最初の神々から習った。
　しかし、最初の神々は目を覚ました。偉大なる神々、世界を誕生させた神々は、先ほどの質問を聞いて、寝ていられなかった。こうして、神々は目を覚まし、マリンバを演奏し、歌を歌った。質問を重ね合わせ、「われわれはいつまで歩きつづけるの？いつから歩きだしたの？」という歌を作って、踊ったり歌ったりした。もう神々は、十分踊ったり歌ったりしたので、そろそろ自分たちの質問に回答して欲しい。こんなふうに真の男と女が遠慮せずに神々に言わなかったら、神々はそのままずっと踊り、歌いつづけただろう。
　やおら、最初の神々は真剣な表情になって言った。
　「われわれがトウモロコシから創った男と女は質問があると言っている。われわれからみると、この男と女はあまり物分かりがよくないようだ。回答が自分の後や前にあることに気づかない。よそばかり探している。この男と女はトウモロコシの若穂のようにあまり物分かりがよくない」
　こう言うと、最初の神々は再び踊りや歌を始めた。真の男と女は再び怒り狂った状態になった。馬鹿にされるのはいいとしても、自分たちの前と後に回答があるのはいったいどういうことだ。最初の神々は、背中と前方の視線のなかに回答があると言った。トウモロコシの男と女は見つめ合った。しかし、自分たちが何も理解していないことを知っていたので、全員がじっと黙っていた。いちばん偉大な神々は彼らに言った。
　「トウモロコシの男と女は背中から出発した。トウモロコシが大地から芽生える時と同じように、横になって生まれた。背中から歩きはじめた。歩んでいる時も、静かに立ち止まっている時も、彼らの背中はいつも後にある。だから、背中こそが始まりである。彼らの歩みのなかでは昨日である」
　真の男と女はよく理解できなかった。しかし、始まりはもう始まり、昨日は過ぎ去ったことなので、そのことは気にならなかった。そこで尋ねた。
　「われわれはいつまで歩きつづけるのですか？」
　「そのことなら簡単にわかる」と世界を誕生させた神々は言った。
　「自分の視線で背中を見られるまでだ。丸く輪を描くように歩けば、それで十分だ。歩みを追いかけて一周し、自分自身に追つけばいい。十分に歩き、遠くからでもいいから、自分の背中が見えるようになれば、歩かなくてもよい。ちっちゃな兄弟姉妹よ」
　こう言って、最初の神々は眠りだした。
　真の男と女は満足した。背中が見えるようになるには丸く円を描くように歩けばいい。それがわかったからである。彼らは、背中が見えるように歩きながら、かなりの時間、丸く円を描くように歩いた。やがて、ちょっと立ち止まり、なぜ歩くことが終わらないのかを考えた。そして言った。
　「終わりに到達するため、始めに到達することは、ずいぶん骨の折れる仕事だ。歩く仕事は終わらない。われわれの歩みを終えるため、始まりに到達するのはいつかと考える。そんなことをしても、苦悩は増えるだけだ」
　男と女の一部はやる気を失った。終わりに到達するための始まりに向かう歩みが終わらない。そのことに腹を立て、その場に座り込んで動かなくなった。
　しかし、別の男と女は熱心に歩きつづけた。終わりに到達するため、始めに到達するのはいつかと考えることをやめた。自分たちが歩んでいる道のことを考えるようにした。その歩みは円くなっていた。そこで、彼らは一周ごとにうまくなろうとした。実際、一周ごとに歩みがうまくなるのがわかり、彼らは満足した。彼らは歩くことにおおいに満足した。その後も、かなりの期間、彼らは歩きつづけた。そして歩きながら、言った。
　「われわれがなっているこの道はたいへん楽しい。道をよりよくするため、われわれは歩いている。われわれは他の人たちが行き来するための道になっている。みんなには、それぞれの歩む道の始まりと終わりがある。しかし、道であるわれわれには、歩む道の始めも終わりもない。すべてを皆のために、われわれは何もいらない。われわれは道である。だから、われわれは歩きつづけねばならない」
　そのことを忘れないため、大地には円が描かれ、世界中の誰もが円のように丸く歩くようになった。真の男と女は今も円のように丸くに歩く。道をよくする戦い、自分自身をよりよき者にする戦いをやめたり、終わらせたりすることはない。世界はもとから丸かった。しかし、それは今も丸くなっている。そのことを人間は信じはじめた。世界というこの丸い球は、真の男と女の戦いである。道そのものである。彼らはいつも歩きつづけ、自分たちが歩いている歩みのなかで、道がよりよいものになることを願いつづける。歩きつづける彼らの歩みには、始めも終わりもない。真の男と女は疲れない。彼らが望むのは、いつも自分自身に到達することである。始まりを見出すため、自分の後を見つめ、自分の道の終わりに到達することである。だが、彼らがそこに到達することはない。彼らもそれを知っている。だが、それはどうでもいい。彼らにとって唯一重要なことは、自分がいい道であること、いつもよりよい道になろうと努める道となることである。
　……

　老アントニオは静かになった。だが、雨は違った。この雨はいつやむのか。私は彼に尋ねようとした。しかし、その場の雰囲気は、始めと終わりに関して質問できるものではなかった。私は老アントニオに別れを告げた。
　新しい電池を入れたが、私の懐中電灯では何も見分けられない暗闇だった。しかし、夜の雨が降りしきりるなか、私は退去した。ぬかるみを歩くブーツがたてる音に邪魔され、私は老アントニオの別れの言葉を聞き取れなかった。
　「自分の道がいつ終わるのかと質問することに疲れてはならない。昨日と明日が結びつく所で、お前の道は終わるだろう」
　歩きだそうと決意することは、私にとってかなりしんどかった。目の前のぬかるみで私が滑りこけるのはわかっていた。それがわかっていながら、私はその転倒を乗り越えて歩かねばならなかった。転倒は何度も続くだろう。歩くことはつまずくこと、転倒することである。それを私に教えたのは、老アントニオではない。山がそのことを教えた。試練はけっして簡単でない。そのことを私に確信させた。

　今、皆さん［一九九六年六月三十日から始まった国家改革フォーラムの参加者］にお話したのは、昨日のことである。別の昨日、すなわち老アントニオの昨日ではないもっと最近の昨日のように雨が降っていた。昨日……

　出典−La Jornada,1996/7/1