鉛筆の夜　 ：　パブロ・ディアスの発表

　　　 ( 1999年2月14日EL PAIS紙 )

　去年の１２月２日に、パブロ・ディアス氏は初めて裁判官に自分の経験について発表した。４１歳の彼が、１９歳の時に目撃した非合法の出産と、若い母親の苦悶について話した。
今年の２月に、また裁判官に赤ちゃんの誘拐と、そのためのベルヘス氏という警察の医者の役割について話した。また、チリの独裁者ピノチェト容疑者を逮捕するために大事な役割をはたしたスペインのバルタザール・ガルソン裁判官の前でも今年の２月に発表した。

　ディアス氏の国家テロの体験は１９７６年９月２１日の夜中にラ・プラタ市にある彼の両親の家で始まった。
　その時、ブエノス・アイレスの警察とアルゼンチンの軍隊のメンバーを含むグループは、青年のグループを捜索するために出発した。ミゲル・エチェコラス氏がその命令を出した。彼は大量殺戮を推進したラモン・カンプス氏の右腕だった。カンプス氏は「５千人の反体制者を殺した」ことを自慢していた。
　中学生連邦という団体に参加していた学生達が８月から誘拐されていた。だからパブロ氏は頭巾をかぶった男達を見たときに、彼らが彼を誘拐するために来たということがわかった。彼らは軍隊のズボンと普通のシャツを着ていた。暴力で家に押し入り、人も家具もなぎ倒した（パブロ氏には６人の兄弟がいた。）。ブエノス・アイレス警察のヘクトル・ビデス（またの名をオオカミという）警察署長だけが頭巾をかぶっていなかった。彼がパブロに武器はどこにあるかと尋ねた。パブロは、武器は持っていない、家族には何もしないで下さいと答えた。警察官と軍人が彼に頭巾をかぶせると、連れ去る前に彼の母親の宝石と兄弟達の洋服を盗んだ。

　車の床に伏して軍隊の施設に移動させられた。カンポ・デ・アラナ〈アラナ競技場〉と呼ばれているこの場所では、大勢の誘拐された若者が殺された。そこで拷問されていた他の行方不明者の叫び声と、自分自身の叫び声を聞いた。そこで彼の仲間だった、ドイツ人のマルレーネ・ケグネル・クラグ〈女性〉は拷問中、亡くなったということがわかった。彼らを監視していた軍人が「マルレーネの遺体は見ることができない。なぜなら犬にくれてやったからだ。」と彼らに言った。
　パブロは大佐に面接された。この軍人は何故パブロらがスラムで活動していたのかということで怒っていた。「自分の家になんでもあったのに、何故スラムで活動していたか」何回も尋ねた。そこで鉗子を使って、足の指の爪を一本引き抜かれた。トイレに案内されたとき、一人の軍人が彼をレイプしようとした。
　三日後、神父がやって来た。パブロを含めて何人かが神父に告解しなければならなかった。なぜなら、彼らはすぐに殺されるはずだったからだ。天国に行くために、したことを全て言わなければならなかった。パブロを含めて若者達が、母親に会いたいと神父に頼んだ。皆な野外に出された。軍人の犬が彼らの臭いを嗅いだ。彼らは壁を背にしていた。パブロらは６〜７人だった。武器を動かす音が聞こえた。軍人達が話していた。神父が祈りをしていた。撃て!若者達はいろいろな事を叫んだ：いやだ、お父さん、お母さん。そのうちの一人がモントネロス〈ペロン派の組織〉万歳と言った。彼はすぐに撃たれた。
　その後、カンポ・デ・アラナからポソ・デ・バンフィエルド〈ブエノス・アイレスの南の地区〉に移動させられた。そこでマリア・クラウディア・ファルコーネと他の鉛筆の夜〈学生一斉検挙の夜を指す。〉の若者に会う。水漬けにされた暗い独房に裸で入れられた。何時間か叫んだ時に、ネストル・シルヴァの声を聞いた。彼はサン・ルイ州の大蔵大臣の息子だった。彼のお父さんは彼を探してカンプスとも話した。子供の解放を求めると、カンプスはそれは自分の権限の範囲だと言って、シルヴァさんに怒って息子を殺すことを決めた。　
　パブロはポソ・デ・バンフィエルドで三ヶ月過ごした。彼は他の鉛筆の夜の若者より運が良かった。彼の立場は、法律上の刑務所に入れられた者に変わった。何年間か刑務所で過ごした。

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　ポソ・デ・バンフィエルドでは、中学校の仲間達以外に他の行方不明者にも会う。例えば、ディアナ・ゲレーロ記者とアリシア・カルミナッティ。アリシアはパブロと同じように生き残った。ポソ・デ・バンフィエルドの特徴は、あそこにいた行方不明者はみんな青年だったということだ。そして、女性の大部分は妊娠していた。アリシアは二つの出産を目撃した。
　みんな一週間の間、食べ物をもらえなかった。そして、床に寝ていた。同じ床で小便と大便をしていた。その一週間のあいだ部屋は閉められていたので、臭いがひどかった。扉を開けたとき、軍人は「汚いから罰しよう。」と言った。女の子達が生理の時は、軍人は男性に下着をやるよう頼んで、それを女性に与えた。もしくは、「ここはホテルではない。」と言った。

　ある日、ひどい食べ物を食べたあと、軍人にもっと欲しいかどうか聞かれた。みんな欲しかった。そして、軍人が緑の皿は誰のかと聞くと、パブロとダニエルが「私達の。」と言った。彼らは皿を見ることができないと思われていた（目に目隠しの包帯がしてあった。）。その時はひどく打たれた。打たれた後、裸でみんな（男性も女性も）風呂に連れて行かれた。そのときまでにやられたことの結果としての皆の体のダメージを、みんなが確信した。部屋に戻った時、医者がいた。彼が（最近、彼がベルヘス医師だったということが明らかになった）妊娠している女性を担当していた。彼は彼女らの子供達にたいへんな興味を持っていた。彼は彼女らを監視していた軍人に「妊娠している女性には触らないで、欲しい時には他の女性を利用して下さい。」と言った。風呂から戻った時、軍人達は女性達を触りはじめた。その時、マリア・クララ・チオッチーニさんはヒステリーの発作があって、自分で壁に頭を打ち始めた。「私を殺しなさい。」と頼んでいた。

　夏が近づいてだんだん暑くなった。目にあった包帯のゴムが溶けた。目がひどく痒かった。目に潰瘍が出来始めた。腐っていた。腕が痛んでいた。首にあった縄が首に跡を残していた。縄を抜けることはすでに無理だった。そのまま床の上で寝ていた。１０月と１１月の間では死ぬと思っていた。マリア・クララと他の仲間達が自殺を試みた。

　ある日、ベルヘス医師がやってきて「女の子達がもうすぐ出産する。」と言って、私をガブリエラの部屋に移す。私はすでに立つことができなかった。ベルヘス医師は「陣痛が始まる時に、私を呼んで下さい。」と私に言った。同じようにクラウディアはクリスティーナの出産、アリシアはステラ・マリスの出産の面倒を見させられた。パブロは女仲間達に、出産のときにどう働き、そして自分が何をすべきかについて尋ねた。パブロは怖かった。ガブリエラは薄い布団の上に裸で横になっていた。パブロを安心させていたガブリエラの陣痛が始まったとき、彼女はパブロの手を取った。パブロは自分では何もできなくて、扉を強く打って、軍人を呼んだ。軍人は「もうすぐ生まれる。」と言って、彼ら同志で大声で話している。その後、板金を持ってきて、その上に彼女を乗せて、彼女をどこかに連れていった。階段を降りていたときに板金が落ちて、みんなが叫んでいた。私達は緊張していた。数時間後、赤ちゃんの鳴き声をやっと聞いた。仲間達みんなが喜んだ。その後、軍人がやって来て、「うまくいった。男の子だ。心配しないで。彼女と赤ちゃんを別の場所に移す。」とパブロらに言った。
　その後、ステラ・マリスの出産。彼女は出産した赤ちゃんをマルティンと呼びたかった。軍人は出産の１０日後、彼女をパブロらの部屋へ戻してベッドに縛った。その後赤ちゃんを連れてきたが、しばらくしたらまた赤ちゃんを連れて行く。その後、ステラ・マリスは子宮感染症にかかった。その時からベルヘス医師は全く姿を現さなかった。誰も彼女の感染を見に来ない。ステラ・マリスは赤ちゃんのへその緒を持っていた。ある日、みんなが廊下に出された時、彼女は他の仲間達を通じて夫にへその緒を渡す。

　１２月２８日、パブロは軍隊の偉い人に尋ねられる（後から、彼がペナさんだったことが明らかになった。）。この軍人は「あなたは生存するということが決定された。普通に逮捕された者の扱いになる。」とパブロに話した。ビデラ大統領がその命令のサインをした。そういうことになるためには決定的な出来事があったが、体重が３７キロなっていたパブロは何も知らなかった。ラ・プラタの刑務所に移送する前に、彼を「再起」させるために時間がかかった。
　パブロの両親は、２月２８日まで彼の行方を知らなかった。ポソ・デ・バンフィエルドから離れる前にクラウディア・ファルコーネにさよならを言った。彼女は拷問とレイプでひどい状態にあった。
　彼女は彼女の母親の住所をパブロに渡した。「元気だとお母さんに言って下さい。」とパブロに頼んだ。「みんな毎年の１２月３１日に、こんな恐ろしいところに残る私達のために乾杯をして下さい。」ということもお願いした。パブロは刑務所に移送された時に、他の仲間達が解放されると思った。
　パブロは刑務所に訪れた彼の妹に「クラウディアの家に行って、彼女に私は元気だということを伝えて下さい。」と頼んだ。妹さんが行ったが、クラウディアはまだ行方不明だった。それをわかったときに、初めて「行方不明者」（Desaparecidos）という現実に直面した。その時から、ずっと彼らの名前を繰り返して、彼らのことを思っている。それと同時に、彼らを行方不明にした者たちを通報しようと思った。
　しかし、その時には、何故彼だけが生きているのかということを知らなかった。解放されてから、父親がパブロにそのことについて話した。父親はペロニスモの右翼と関係があった。１９７６年にはラ・プラタ大学の人文学部の歴史部の部長だった。権力を持っていた人々と関係があった。例えば、ラ・プラタのキリスト教の大司教ブラサさん。この人は同時に警察の一番偉い神父として高額の給料を警察からもらっていた。彼は、当時国家テロの考え方を推進したうちの一人だった。プラサはパブロの父親に次のように話した。「息子さんを捜さないで下さい。カンプス将軍は彼が殺されないということを約束した。しかし、しばらく説教と回復が必要だ。」後からわかったのは、説教はポソ・デ・バンフィエルドでのテロを体験することを意味していた。回復は、何年間か刑務所にいることだった。
　何年も後、パブロは４つの逮捕命令書を見ることが出来た。４つとも、彼のポソ・デ・バンフィエルドの仲間達に対する逮捕命令だった。軍隊の逮捕命令だった。みんな黒い斜めの線があって、その線の意味は移動という意味だった（あの時、そういう移動は殺すという意味だった。）。 サンチェス・トランソ将軍によると（彼も右翼のペロニスタで、パブロの父親の友人）、鉛筆の夜の青年達は１９７７年１月に殺された。意味深いことは、彼らの逮捕命令の「危険性」という欄に書いてあることだ。「危険性：最低」と書いてある。

　
　　　※〈　 〉は訳者注