一歳から百歳までの女の子のためのお話（我々は入学試験を受ける権利を保留する）

―メキシコ・チワワ州フアレス市行方不明者たちの母親委員会のママ・コラル、メキシコの先住民の女の子、そしてメキシコと全世界の女の子に捧げる−

EZLN調査委員エリアス・コントレラス、落ちる星のお話をラ・マグダレーナに語る。

「星はもともと落ちていない。落ちるように見えるけど、実際は落ちていない」
エリアス・コントレラスはラ・マグダレーナにむかって言った。ラ・レアリダーの夜明け前、二人は、サパティスタのラ・レアリダーのまわりにある丘のひとつに座って、ひと筋の光を見つめていた。その光は、夜明け前の真っ暗な闇を切り裂くように、いきなり飛び込んできた。その時、ラ・マグダレーナはエリアスといっしょだった。悪と悪者を探索するため、二人はメキシコ南東部の山中に分け入っていたのである。

その後、エリアスはそのお話を私にしてくれた。しかし、私はそのお話をずっと忘れていた。下のメキシコの北西部にあるコムカーク、つまりセリの大地に来て、降るような星空の下にいたとき、そのお話をふいに思い出したのである。
セリの大地はまだ夜明け前だった。 「別のキャンペーン」を展開しているEZLN第六委員会がおこなった最初の全国ツアーの途中、我々は、コムカーク国、つまりセリという名で知られるインディオ人民が住んでいる危機に直面した土地に至った。セリ民族の統領の一人と話しながら、我々は、誇り高きセリ民族の中心的シンボルであるティブロン島〔カリフォルニア湾に浮かぶ最大の島〕の雄大な姿が望める海岸に沿って歩いていた。
セリ民族は戦闘的な人々である。いくたの強欲な徒党連中によって、何世紀も追いまわされ、苦しめられ、迫害されてきた。いちばん最近の無頼の徒党は、メキシコ連邦政府やソノラ州の政府や自治体政府が使っているブランド服をまとっている。この連中は、ティブロン島をわが物にすることを画策し、島を高級観光休暇センターに変ええるつもりである。今では「近代性」を装っているが、これまでずっと続いてきた野望に対して、セリ民族は抵抗し、自分たちの領域、文化や歴史を防衛している。
ときおり、より合わさった針金のような光が天空から降りてくる。そして、一瞬だが、ティブロン島の南側のシルエットを照らし出いている。セリ民族の統領と私は、我々人民の苦悩について話し合っていた。我々の言葉と同じように、雷鳴はだんだんと広がっていった。やがて、夜の影のなかでも、我々のあいだにも、沈黙がやってきた。我々人民の苦悩がもたらす影が、そこにとどまっているようだった。
それを否定するかのように、突然、一つの星がいつもの指定場所から離れた。そして、大地とキスをしたいかのように、我々のいる下の世界まで落ちてきた。最初の星に続き、別の星も、次々と落ちてきた。ほんの数秒もしないうちに、すべての星が家出し、別の天体、つまり下にある我々の天体に引っ越したかのように思われた。
セリ民族の統領と私は何も喋らなかった。じっと黙ったまま、我々はそうした兆しを眺めていた。私はパイプに火をつけた。セリ民族の統領は言葉の火をともし、つぶやいた。
「『時が来たようだ』と、我々の先祖は言っていた」
夜明け前が朝に席をゆずり、暗闇に沈んでいた島は、その巨大な心を海の真ん中に見せるようになった。セリ民族の統領は踊り、部族の女性たちは唄った。その歌や踊りは我々のためではなかった。大地、母なる存在のためだった。
「我々はあなたを大事にします」という約束のメッセージである。
「我々はあなたを防衛します」と約束を伝えたのである。
セリ民族の女性たちが歌う戦士の歌を聞き、先住民統領の踊りを見ながら、私は、数年前、EZLN調査委員エリアス・コントレラスが話したことを思い出していた。

おそらく、私の話を聞いている人の中には、何年か前、サパティスタ領域にあるトホラバル地区にある小高い丘に座っていたというエリアス・コントレラスとラ・マグダレーナが、どんな人物であるか（あるいは、だったのか、そしてどんな状況にあったのか）について、不案内な人もいるだろう。あるいは、その二つの一月の夜明け前に発生したという雷鳴がどのようなものか知らない人もいるだろう。
とりあえず今は、エリアス・コントレラスは、サパティスタの古参兵士の先住民で、いくつかのサパティスタ反乱自治地区で支援活動をおこなっていたEZLN調査委員だったとだけ、皆さんに言っておくことにしよう。サパティスタにとっての調査委員は、市民社会の皆さんが探偵とよんでいるものに相当する。そして、ラ・マグダレーナは同性愛者の市民で、性転換手術をするため、通りで仕事をし、お金を稼いでいた。
数年前、エリアスとラ・マグダレーナはメキシコ市で知り合った。そして、ラ・マグダレーナは我々の同志になった。もっとも、彼に言わせれば、女性同志である。男にせよ、女にせよ、性別と無関係に、サパティスタになったのである。彼、つまり彼女は、ナディエ〔『厄介な死者たち』に登場するEZLN特殊部隊のメンバーの仮名〕やエリアス・コントレラスとともに、悪と悪者と対決することにしたのである。その闘いにおいて、ラ・マグダレーナは命を失うことになったのである。
しかし、皆さんにお話していることは、起きてからかなり月日がたっている。だから、今、現在という時点で、何が起きているかを皆さんが想像できるようにしたい。愛、この何とも図々しいものは、どうすれば密かに隠すことができるのか。そして、こちらの側における言葉で表現できるのか。我々はそれを見守ることができるの特権的な観客になれるだろう。
では、皆さん、想像してください。

我々がいるこちら側は、まだ夜明け前だった。長く深い横たわる天空は小さな光が輝いていた。夜と木々が作りだす二重の暗闇に、影法師のように寄りそう二人の像があった。
−ラ・マグダレーナはエリアスの肩に頭をもたれかけていた。ラ・マグダレーナは、何も言わず、手を伸ばして、ひとつの流れ星を指差した。その流れ星によって、動くことのない星しかないことに嫌気がさしていた天空の単調さは打ち破られた−
二人の生きていた時代の隔たり、そして、ラ・マグダレーナが男であるが、男でも女でもないことを知ったエリアスの心に生じていた違和感にもかかわらず、EZLN調査委員の同志エリアス・コントレラスは、 ラ・マグダレーナの「教師−指導者−父親−兄」にして、表には出せないが彼の崇拝者の役を自ら買って出ていた。
エリアスは自分の持ち場にいる。彼はこの大地で起きるすべてに注意を払うのが自分の責務と考えていた。やがて、エリアスは話を始めた。ラ・マグダレーナに何かを説明するためエリアスが創りだすお話と同じように、そのお話はいつ終わるとも知れず、徐々に構築されていく。だから、我々は彼が話を続けるのをさえぎることはしない。

「我々の最年長の古老たちは、ずっと前、いちばん最初の時間があったことを話してくれた。その時間は生まれたばかりの新しいものだったと、我々の物知りの老人たちは言っている。生まれたてのヒヨコのように、時間はほとんど歩けなかったといってもよい」
−黙って座っていたラ・マグダレーナは、最初の一歩を踏み出そうとする小さな女の子の姿を想像で思い浮かべていた。どんな原因、理由や動機はよくわからないが、エリアスも一人の小さな女の子を想像しながら、話しつづける−
「まだうまく歩けないので、その時間はつまずきながら歩いた。時間はつんのめりながら歩いた。自分の身体の端にあるもの、つまり足が口に入れるだけのものでなく、歩くことにも役立つことを知ったばかりの幼子のようであった。こうして、生まれたばかりの子は、母親のナグア〔先住民女性の巻きスカート〕、椅子、机などをつかんで歩いている。つかむものがなければ、ドサッ！と地面に倒れてしまうからである」
−並んでいたラ・マグダレーナとエリアスは、女の子が尻餅をついて倒れこむ姿を想像した。彼女は、目撃者の有無を確かめ、泣き声をあげるかどうかとっさに計算しているようだった。お互い見つめるともなしに、二人は微笑んだ。 エリアスは話を続けた−
「まだうまく歩けないため、いちばん最初の時間はとてもゆっくりと歩いていた。今のように、時間が大きくなってしまい、全速力で駆けることはなかった。
最初の時間はほんの一瞬でしかない。そのことをおまえも知っているだろ。悪辣な政府に対して我々が武装蜂起して、十年、いわゆる「デカーダ」以上の年月が経過している。
このデカーダという単語は、わしが新しく知った言葉で、十年を意味する。つまり、十年のかわりに、デカーダというのだ。すると、十年ではないように思われるけれど、実際には十年である。だから、ことによっては都合のいい表現になる。
なぜなら、ある人が、デカーダも学校に行ったが、学年は進級していない。つまり、学校に十年間いたけれど、何も習得しなかったというより、少しは傷つかないことになる。ついでに、例をあげれば…」
−「あなたの話は散漫になっているわよ。愛しい人」という表情で、ラ・マグダレーナはエリアスを振り返って見た。エリアスは、ラ・マグダレーナが「デカーダ」の意味を知っていることに気づいた。だから、そのテーマは終りにし、元の話を続けることにした−

「さて万事が、とてもゆっくりと進んだ。すべてのものごとは多くのものを創りだすための独自の様式や時間をもっていた。例えば、話をすること、つまり話すことと聞くための様式や時間があった。ラ・マグダレーナ、おまえも知っているだろう。市民の人は話をするための様式や時間をほとんどもっていない。だから、サパティスタの男女たちと出会って、彼らが話をはじめると、彼らからマイクを取り上げるのはとても難しいと、私は思っているが…」
−ラ・マグダレーナは非難するようにエリアスを見つめた。エリアスは自己弁護した−
「わかったよ。私は何もそんなことを言ってない。こう言い触らしているの副司令だ。市民社会の人はマイクを握ると離そうとしない。手に接着剤でもついているようだ。
似たようなことを都会で一度だけ体験したことがある。歯を磨こうとしたとき、歯磨き粉ではなく、接着剤を歯ブラシにつけたことに気づかなかった。接着剤のチューブが歯磨き粉とそっくりだったからだ。当分のあいだ、ガチッと引っ付いた歯で過ごすことになった。わしは何も飲み込めなかったので、かなり痩せてしまった。
短気だったからだとか、気性が荒く、歯ぎしりしたせいで、物を食べられないのだろうと、皆はわしに言ったものだ。だけど、歯ぎしりなどせず、たんに歯が動かせなかっただけである。わしの歯が不動だっただけである。この「不動の」という言葉は、わしが新たに習得したものである。その意味は動かないということである。そこにあるだけで、何も起きないということである。そこで…」
−テーマに集中するよう諌めたのはラ・マグダレーナでなく、エリアス自身だった−

「さて、世界を創った最初の神々は、元来とてもお喋りだった。話しに熱中していたため、世界が完璧で完全なものにするために必要なことを急いでする気になれなかった。
神々が責務をなかなか実行しなかったので、大地、我々の最初の母も、お喋りに夢中になっていた。だが、話し相手はさほど多くなかった。大地は天空を歩んでいるものと話しだした。つまり、雲、太陽、月、星、さらにはある種の鳥とも話したそうだ。だが、詳しくは知らない。最初の神々が鳥を創ったのかどうかも、我々は知らないのだから。　
大地と天空を歩むものたちは、その場にとどまり、あれこれ無駄口をたたきだした。そして、大地に向かって、次々と不平を漏らした。大地は次のように言った。
『 そうじゃないわ。それらの神々はいちばん最初の神々だけれど、とても寝坊だったのよ。わずかばかりの低木を私に植え付け、河川や湖が私の上にはり付けられたのよ。海は放り投げられ、七つの部分に分断され、今のような状態になったの。その後、よく言われているように、母なる大地は壊されてしまったのよ。だから、私もバラバラに分断されているのよ。いずれ、地理や大陸によって、まる裸にされた状態なのよ』
すると、雲たちが言った。
『私をよく見てください。神々は私をとても太らせてしまった。その一方で、私の別のお喋り仲間ときたら、完全にペチャンコになっているのよ。今では、彼女ときたら、私が彼女の食べ物をガツガツと食べていると言いふらしているのよ。おまけに、私にはこの色の汚い服を着せられているのに、彼女といえば、とても白い服を着ており、自分が純粋だと思い込んでいる。このあたりをあちこちフラフラと歩き回っていることを我々はよく知っている』
−その後、やせっぽちの雲が喋りだした−。
「というのも、最初は、我々をとても頑丈に創ったのよ。どこであれ、よくわからないところへ、我々が風で吹き飛ばされないようにしたのよ。だから、我々は墜落するだけだった。だって、とても重たかったからね。その後、鳥さんたちは我々と出くわすたびに、私たち雲を平手打ちすることになったのよ。
『オバサン、破壊や虐殺は忘れることよ。そんなことは、新自由主義的な資本主義のほうが先を行っているぐらいよ』
こうして、帰りには、我々は少しばかり軽くなった。いくつかの雲はもとから痩せっぽちだった。済まして歩いてるオバサンのようにね。重いものを彼女たちから取り除く必要など、もとからなかったのである」
大地と天空を歩むものたちは、お喋りやうわさ話にうつつを抜かし、口のきき方を知らなかった。だが、我々の最年長者たちは言っている。大地、我々の最初の母親は、口のきき方を知らなかったのではない。彼女は話の聞き役になっていた。なぜなら、反対側に行くことができないからである。その場にとどまるだけで、何も言えなかったのである。
『さて、オバサンたち。もう行かなねば。フリホールが焦げているから』
だが、まだフリホールもなかったのである。これらの神々、最初の神々は、何も急ぐことがなかった。ましてや、ありもしないフリホールを作り続けることは なかった。
それゆえ、大地は、嫌になるほど多くのことを我慢して聞かねばなかった。彼女は、良いことや知性的なことも聞いていた。なぜなら、別のキャン…失礼、銀河系…失礼、世界があったからである。とはいえ、その世界はまだ世界ではなかった。むしろ無秩序の展望といったところだ。つまり、あらゆるものが同じ時間、あらゆる場所に混在していたのである。「無秩序の展望」については、ラ・マグダレーナ、後でおまえに説明してあげるよ。今は、私に話に口を挟まないでくれよ。俺から何トンものお話が消えてしまうから」

−ラ・マグダレーナは、「何にも言ってないわよ」という顔つきだった。満足したように、エリアスは話しを続けた−
「さて、大地はマメスとも話し合った。我々の先祖たちは、雨を創る神々、雷鳴の神々をマメスと呼んでいた。
多くの陰口や噂話のなかで、大地は天空を歩むものたちと取り決めをおこなった。
その取り決めというのは、天空を歩んでいる雲が疲れたなら、大地は大地にある水瓶を見つけ、そこで雲は休息することだった。別の側から、つまり下から、ものごとを見つめるため、雲はきっぱりと倒れこむのである。
それと引換えに、もっとも最初の大地がお願いしたことは、大地が助けを必要とする時、天空を歩むものたちに大地を助けてほしいということである。
昼はまだ来ていない。神々は昼を創っていなかったからである。
夜もまだ来ていなかった。夜ができていなかったからである。
やって来たのは夜明け前である。ついに、神々は男女を創ることを理解したのである。
最初の神々がどのように最初の男女を創ったかというお話は、また別のお話である。以前、その話はしたはずだ。そうでなかったとしても、その別の側にそのお話はある。
やがて、神々は大地の男女を創った。そして、神々は、男女の母親の任務、つまり男女を世界に産みだし、育てる任務を大地に与えたのである。
これらの神々は男女を創りはしたものの、男女を世界に追い出しただけにすぎない。日々、男女が食料を手にでき、哀しい気持ちになっていないかを確認してはいなかった。
神々は食料を何も作らなかった。最初の男女にポソーレさえ与えなかったのである。
良き母親である大地は、腹に入れるものを探し、男女があちこちと大地を彷徨っているのをじっと眺めているだけであった。
母なる大地はとても心配だった。そう、大地は歩いてはいない。もとから歩けなかったので、自分の場所でじっと静かにしていた。しかし、母なる大地は、急に発熱したかのようになった。言い換えれば、震えて身もだえし、身体がバラバラになるような気がしだした。でもいいですか、この時代には、すべてがゆっくり進んでいたのである。だから、たとえずっと震えていても、何も感じていないに等しかった。
さて、大地、我々の母親は、男女が何も食べていないことが気になっていた。やむなく、彼らにオッパイを与えることもなかった。大地はブラジャーなどしていない。もっとも、当時は、ブラジャーにお金を出すことなどなかった。ところが、今では、色鮮やかな上げ底のブラジャーもある始末である。　　
だが、いちばん最初の母親である大地は、なすべきことをあれこれと考えた。我々の母なる大地は調査する必要があると考えた。そして、その任務をカタツムリに託した。だから最初に調査委員になったのはカタツムリである。母なる大地はカタツムリに言った。
「カタツムリさん。『トウモロコシ』というよい食物があるそうだ。だが、どこにあるのか、よくわからない。おまえに探してきてほしいのです。調査から帰ったら、どこにあるのか、報告してください。至急、調査してください。私のちいさな子供たちが、食べ物を今か今かと待っているのです」
そこで、カタツムリは稲妻に姿を変えると、ボロン・ピン・ポンと、世界中を駆けめぐった。当時、世界はそれほど大きくなかった。何と言おうが、それは紛れもない事実である。やがて、カタツムリは手足をなくした姿で帰りつき、母なる大地に言った。
「母なる大地さん、聞いてください。 あなたが言っていた食べ物を発見しました。だけど、それはとても硬い石のなかに保管されています」
そこで、大地、我々の母は、すべての動物に呼びかけた。もっとも、動物の数はさほど多くなかった。それは紛れもない事実だった。そして、次のように言った。
「よく聞くのよ。何でもいいから、みんなが持っているガラクタを掴んでください。そして、ここにいるカタツムリがこれから言う場所に、稲妻のように、出かけてください。そして、その石をたたき壊してください。私の子供たちに食べ物として与えるため、石の中にあるものを取り出し、私のもとに持参してください」
言われた場所に動物の群れは出かけ、何度も石をたたいた。だが、石は砕けず、びくともしなかった。動物の群れは、意思喪失して帰ってきた。そして、大地に言った。
「まったく何もできませんでした。その石は、政治屋連中どもの頭以上に固いのです」
そこに登場したのは、マメスがもっていたもの、雷の神、ヤルクといういちばん偉大で、いちばん古く、もっとも物知りの神だった。
ヤルクと大地、我々のいちばん最初の母親は、意気投合した。そして、教え、習うべき重要なことについて、いろいろと話し合った。
大地、我々の母親は、ヤルクを呼び出し、大地が抱えている問題を説明した。すると、ヤルクは気立ての良い人物に変身し、その岩石、例の石にいくつもの雷を落とした。すると、石は塩漬け肉のようにシワだらけになり、パックリと開いてしまった。ヤルクはトウモロコシをつかみ取り、男女に手渡した。
ところが、男女はトウモロコシの粒で何をしたらよいのかわからなかった。そこで、トウモロコシの粒をその場に放り投げた。すると、我々の母、大地は、トウモロコシの粒が
寒くないようにと、土をかけた。やがて、一本の芽が出てきた。すくすくと成長し、とてもよいトウモロコシの穂をつけた。
そして、ヤルクはトウモロコシの穂に雷を落とした。そして、トウモロコシの粒を炒って、ポップコーンを作った。それは少々ばかり焦げていた。というのも、落とした雷に大きな力を込めすぎたからである。やがて、トウモロコシのポップコーンだけを食べていた最初の男女は、バレンティーナ・サルサを買うために、お店にでかけ、映画を観ながら、ポップコーンをたらふく食べ、下痢になりました。…タンタン」
−ラ・マグダレーナは、当惑しながら少し怒った顔で、エリアスを振り返って見た。エリアスは微笑みながら言った−
「はは！本当はそうじゃない。おまえが寝ているか確かめるために、言っただけだ。そうではない。本当のお話では、確かにトウモロコシの芽は出たのだ。だが、それはポップコーン用のトウモロコシではなく、本物のトウモロコシ用のトウモロコシだった。つまり、良いトウモロコシ、遺伝子組み換えでないトウモロコシだった。そこで、大地、我々の母は、男女に話しかけた。ポソール、トルティージャ、タマーレス、マルケソーテの作り方を説明した。すると、もう皆の腹が空腹で痛くなることはなくなった。タンタン」

−ラ・マグダレーナは、おどろいたようにエリアスを振り返って、質問した−
「いったい全体、そのお話は、落ちる星とどういう関係があるの？」
「ああ、そうだ。確かに。すっかり忘れていた」とエリアスは答えた。
「さて、くだんの最初の男女、最初にここにいた人たち、つまりインディオ人民は、母なる大地に大いに感謝する気になった。そして、大地をいつまでも十分に大切にすると、宣言した。最初の男女は、自分たちがいったい何を忘れていたのかを考えた。お互いに愛しあい、気もそぞろになり、大地が問題をかかえていることにまったく気づかなかった。そこで、大地という我々の母親、ユルク、天空を歩くものたちは、会議を開催した。皆でひとつの合意に達した。
その合意は、何人かの男女が大地、つまり、山、川、海、谷、風の守護者としてとどまるというものだった。この守護者たちは眠っているように静かにしていた。そして、母なる大地が何か危険や問題に直面すると、天空を歩んでいる者たちが、大地に屋根を張り、何らかの対応策をとるように、最初の男女、つまり守護者たちに知らせることにした。
その取り決めは、知らせる時には、ヤルクと雷の神々が、世界を覆う天井からぶら下がっている星を支えている紐を引きちぎることだった。そして、大地が危険な状態にあることを男女に伝えるため、星が落下するようにすることにした。だから、落ちている星は、実際には落ちてはいない。守護者たちに、もう時が来たと告げているのである」

別のキャンペーンや銀河系集会の総括集会などで、とても望ましい具体性で、ラ・マグダレーナは、次のように尋ねた。
「二つほど質問があるわ。ひとつは、カタツムリはとてもゆっくり歩くと言ったわね。だけど、カタツムリがトウモロコシをいち早く探しに出かけたとのはどういうこと？」
エリアスは微笑みながら答えた。
「カタツムリはもともとゆっくりと歩いている。だけど、その当時、時間もとてもゆっくりと進んでいた。だから、その時代としては、カタツムリは、かなり早く歩いていたことになる。そして、実際には、時代とともに、時は変わっていったが、カタツムリにそのことは知らされなかった。つまり、カタツムリはゆっくりと歩いているのではない。実際にあったことと言えば、カタツムリは別の時を持っているということだ」

ラ・マグダレーナは拍手しながら笑った。そして、声を震わせて次のように尋ねた。
「じゃあ、こうひとつの質問。落ちている星−実際には落ちていないけどね−大地の守護者に時が来たことを知らせると、あなたは言っていたわね。それはどんな時なの？」
エリアス・コントレラスは、今にも消えそうに天空に横たわる長い光の引っ掻き傷を指し、もったいぶった声で、「目覚める時さ」と言った。
タンタン。

アテンコのための自由と正義を！オアハカのための自由と正義を！
メヒコ南東部の山中から。叛乱副司令官マルコス。2007年1月。メヒコ

追伸。
もう我々はここにはいない。しかし、エリアス・コントレラスとラ・マグダレーナは東の地平線を見つめて座り続けている。沈黙を破ったのは、ラ・マグダレーナである。
「エリアス・パパ。私が自分で手術して、女性に変われると想像してみてよ。うまくいけば、子供もできるわ。そう女の子よ。とっても短いミニスカートをはかせたいわ」
「そんな、あほな」と、すぐさまエリアスは言った。
「私の娘は、ただやるといっても、そんなピチピチのスカートははかないよ。ちゃんとくるぶしまでのナグアをはくよ。あるいは女性叛乱兵士のようなズボンだよ」
驚きとお世辞をない交ぜにしながら、マグダレーナはエリアスを見つめ、言った。
「あなたの娘さんでもあるのよ」
副司令によってEZLN調査委員に任命された人物、サパティスタ領域で起きいくつもの複雑な事案を解決した人物、メキシコ市を一人で歩いても恐怖を抱かなかった人物、いつも彼の前に立ちはだかる 悪と悪者ときっぱりと対峙してきた人物、EZLN古参兵士のエリアス・コントレラスは、顔をポッと紅潮させた。それは、夜明け前の暗闇でも隠せなかった。エリアスはなんとか次のように言うことができた。
｢さあ、出発だ。ちょっと肌寒くなった。寒くなると、あんたの身体に障るからな｣
丘をくだる際、ラ・マグダレーナはごく自然にエリアス・コントレラスの手を握った。二人が村に着いた頃、太陽は大地の端から姿を覗かせていた。ラ・マグダレーナはレボッソを深々と着込んでいた。ところが、エリアス・コントレラスはこれまでの人生で体験したことのないほどの多くの汗をかいている。

では、また。副司令は微笑み、星は大地に抱きしめられようとしている。