自立した対話のための全国会議のテーブル
(1995･10･1)
一九九五年九月二九日、
メヒコ・チアパス州サンペドロ・デ・ミチョアカン反乱行政地区、サパティスタ抵抗センター、ラ・レアリダーにて
私の口からサパティスタ民族解放軍の声を語ることにする。
仲間の皆さん
本日、一九九五年九月二九日をもって、メヒコ全土ならびに世界の数多くの国を巻き込んだ大規模な社会運動は終了した。本日をもって、平和と民主主義に関する全国協議は終了し、全国対話は新しい段階に入ることになる。
協議推進運営委員会を構成した民族民主会議(ＣＮＤ)の男性と女性、協議組織化運営委員会を構成した全国市民連盟の仲間、そして各州にある民主会議と市民連盟、そしてこの協議を推進し、組織化した何万ものメヒコの男性と女性の皆さんにわれわれは感謝の意を表したい。この協議により和平のプロセスは大きく進展した。
国際連絡委員会に参加したＣＮＤの男性と女性、北米、中米、南米、ヨーロッパ、アジア、オセアニアの各国で協議を組織化したわれわれの仲間にも感謝の意を表明したい。異なっているが対等である諸民族、多様な歴史をもつ人々が、メヒコ人にとり最良となる新しい平和の在り方に関して、それぞれの言葉で意見を述べ、われわれを支援した。
市民連盟の仲間は多大な努力を払い、公平無私さや組織化のあり方について、国、とりわけ政府と諸政党に対してすばらしい教訓を与えた。全国協議の組織化を担ったことによりで、市民連盟はメヒコの市民同士が対話するうえで信頼できる誠実な機関であることを実証した。われわれを支配している犯罪的な官僚機構のいちばん無知な構成員すら、この協議の信頼性に異議を唱えはしなかった。それが可能だったのは、市民連盟に参加した人々が非の打ち所のない活動を展開したからである。
市民という軍
市民連盟の皆さん、ご多幸を。われわれの称賛と尊敬の気持ちを受け取ってほしい。皆さんが正義と尊厳のある平和という大義に大きく貢献したことに関して、誰も称賛を惜しみはしない。ＣＮＤを構成する男性や女性、ＣＮＤには属さないが協議の推進に参加した男性と女性に対して、われわれは感謝の意を表したい。あなた方は、市民社会の意志、新しい平和、すなわち欺瞞だらけで偽装した戦争状態ではない、真の平和を求めるようとする意志を代表している。義務を果たしたという充足感だけを唯一の見返りとして、努力、時間、犠牲を要求される作業によって、経済状況は改善するどころか、出費さえ求められることを承知しながら、何万人ものメヒコ人がこの協議に参加した。権力者どもがわれわれの血を求め、われわれの死を要求するたびに、これらの人々は戦争を押し止めてきた。一九九四年一月、一九九四年一二月、今また一九九五年の九月という祖国の独立した月にも戦争を押し止めてきた。この非武装の市民の部隊は、武器や嘘、偽り、裏切りを用いることなく、何度もわれわれを説得してきた。われわれの胸に宿る祖国という感情は、厚顔無知な政府や政府の外国かぶれによって隠蔽されることのない固有の感情である。われわれと同じように祖国を愛し、自由な祖国を実現するためなら何でも行なう心構えの男性や女性がこの祖国にいる。そのことをわれわれにはっきりと示し、われわれを説得した。われわれと話し合い、われわれの意見に耳を傾け、われわれの信頼を勝ちとった。以前は誰もわれわれと話し合い、われわれの言葉に耳を傾けようとしなかった。われわれが「われわれ」と「あなた方」という言い方をしなくてもすむように、われわれを説得した。武器や目出し帽だけではない存在として「われわれ」自身を考えるべきである。このように要求し、われわれを説得した。祖国とは権力を掌握する組織や集団の所有物ではない。祖国は生きている。祖国はわれわれのものであることを示し、われわれを説得した。
国内外の芸術関係者にもお礼を言うべきある。無私の気持ちと善意から、彼らは協議が意味した平和への呼び掛けに協力し活動した。時間的・距離的に、そして文化的に大きく隔たっているにもかかわらず、芸術活動に携わる男性と女性は、忘却という終身刑を宣告され、沈黙という不吉な未来を約束され、死が友のように付きまとっている人々との団結をもたらす架け橋を築いた。文化や芸術の仕事に携わっている男性と女性は、自分の仕事を平和と民主主義という正当な大義に役立てようとした。今、彼らの顔から発されているのは、忘却するな、騙されるな、虚しい夢を見るな、という呼び掛けである。われわれが直面する現実をよりよいものにするため、何かを実践しようという呼び掛けである。
さらに、国内の芸術家集団は、ラカンドン密林地区における重要な戦い、レシュマニアシス、すなわち「山岳レプラ」または「チクレ採取人の潰瘍」と呼ばれる病気に対する戦いに勝利しようと活動を展開した。今や、先住民の男性や女性、こどもや老人の褐色の肌は、健康な色を取り戻した。肌の色は違うが同じ人間である男性と女性が、自分たちのことを思い浮べ、援助してくれたことに対して、感謝の気持ちをあらたにしている。
映画や劇場作品、テレビ番組、雑誌、書籍など、メヒコのあらゆる文化的営為に従事している人の名前を挙げればきりがない。今日以降、彼らの名前は、文化面の飾り窓やカクテルパーティー、テレビや映画のクレジットだけではなく、チアパスの先住民の心に刻まれている。これらの芸術家のイメージは、今やっと健康な色を取り戻し、清められた褐色の肌にはっきりと痕跡を残している。
われわれには贈るものがないので、文化の市場で換金できる賞を彼らに贈られない。しかし、芸術家の歩みを記録する長い書類のなかに、次のような誇りに満ちた文章が書き記されるだろう。われわれはそう確信している。
「メヒコ南東部の山中に、私が傷を治療し、忘却という傷を治し、孤独から救出した人がいる」
たぶん、このような記載のある出来のよい書類は手に入らないだろう。芸術分野で収入や発表の機会が増えることもないだろう。これらの芸術家のファンの数が増えることもないだろう。しかし、少なくともわれわれのなかで、彼らの人間としての評価は高まったことは確実である。われわれにとって、彼らは大きな人間である。つまり、われわれと対等な存在である。
先住民集団と同じように周辺に追いやられ、不平等な扱いを受けてきた社会集団に、われわれは感謝したい。女性、若者、ホモセクシュアル、レスビアン、囚人に感謝したい。これらの人は、形態や外見はそれぞれ異なるが、不寛容、迫害、虐待、軽蔑に苦しんできた。つねに忘れられた者、永遠に敗北しつづけた者、すなわちメヒコの先住民の声は、これらの人のなかに聞いてもらう耳、そして映しだす鏡を見出だしたのである。
メヒコの女性に感謝する。彼女たちはつねに服従、沈黙、順応することを強いられていた。しかし、彼女たちは、閉じ込められていた二重の牢獄を打ち破り、都市や農村などの社会生活のあらゆる活動の場へと飛び出した。そして、「私たちはここにいる。私たちと同じように、役に立たず、主張もせず、むなしく死んでいくことを拒んでいる他の女性たちの声を携えて来た」と叫んだ。メヒコの女性は、単身女性、既婚女性、未亡人、離婚女性と、つねに男性からみた役割で呼ばれてきた。単身女性は所有されことになる女性、既婚女性はすでに所有者のいる女性、未亡人と離婚女性は所有者を失った女性とされる。メヒコの女性は、これまで単身女性、既婚女性、未亡人や離婚女性でしかなかった。所有された女性か、所有されることを待つ女性でしかなかった。しかし、今、メヒコの女性は主張し、自らの声に耳を傾けさせている。メヒコの女性はとても不機嫌で、不満を抱え、女性らしくはない。それがメヒコの女性である。不機嫌な男性、不満を抱えている男性、メヒコの先住民の男性は彼女たちに感謝する。
メヒコの若者に感謝する。彼らはつねに後発の世代であり、要求を行なうには未熟で、搾取するには十分成熟しているとされる世代である。メヒコの若者は、あらゆる思考力を否定され、自分の考えをもっていないと批判され、心の底から沸き上がる熱望に欠け、つねに操られ、騙され、混乱している存在と思われている。メヒコの若者は、厄介だが一過性の病気のようなもので、今は罪を犯していても、いずれ後悔すると考えられている。若者は、明日になれば従順になり、現在自慢している反抗のことを恥ずかしく思うに決まっているとみなされてきた。彼らは刑務所、麻薬、売春、死、幻滅を身をもって体験する。メヒコの若者は厚顔無知な権力が空っぽにしたもので満たされている。つまり、すべてをもっている。メヒコの若者は、他の反抗する者、他の永遠なる下級市民、他の下級人間、他の「未熟で、操られ、混乱し、騙されている者」、今、若者に感謝している他の存在、つまりメヒコの先住民の声と姿を担っている。
メヒコのホモセクシュアル、レスビアンに感謝する。彼らはつねに迫害され、つねに恥辱による隠蔽を余儀なくされ、病人、望ましくない者とみなされてきた。不寛容と偽善の銃口の標的となり、侮辱や中傷の同義語というアイデンティティを付与され、「おまえはホモだ」という判決、宣告、非難がなされてきた。メヒコの同性愛者、「ホモ」は、国中に嘘をまき散らしている勇者たちほど「バカ野郎」ではない。彼らは違うことによって対等であることを目指して尊厳ある戦いを展開している。メヒコの同性愛者は、迫害されている他の者、恥辱だといって隠蔽されてきた他の者、歴史的な中傷と文化的な無能を意味する「おまえはインディオだ」という同じような侮辱語を浴びている他の者、よりインディオ的な他の者、つまり国中に嘘をまき散らす知識人以上に知性をもつ者、違うことによって対等であることをめざして尊厳ある戦いを展開している他の者、他者が聞き主張し耳を傾けていることに感謝している他の存在、つまりメヒコの先住民の声に応えている。
メヒコの囚人にも感謝する。貧しさという歴史的な犯罪によって、彼らは収監されている。異常だと宣告された者以上に病んでいるとしか言えない馬鹿げた正常性を基準にして隔離されている。自分の考えを表明しているため、あるいは知性をもつことが犯罪とされるこの国のことを憂慮しているため、囚人となっている。言葉は思考に基づいて発され、種を播くのと同じように思考も実行しなければ根づかないと考えている。そのため、囚人となっている。自分だけではなく、他の人とともによりよき存在になろうと信念をもって戦い、努力したため、囚人となっている。犯罪者となること、何もしないという犯罪の共犯者となることを拒否したため、囚人となっている。
メヒコの囚人は刑務所の壁を言葉で打ち破り、刑務所の監視やばかげた懲罰規定を愚弄する。メヒコの囚人は、貧しさゆえに犯罪者となっている他の者、忘却と無関心という掟を打ち破っている他の者、人種差別と嘘が支配する日常と戦っている他の異常者、考え、語り、行動するために非合法とされている他の者、現在は犯罪者だが、明日は英雄となる他の者、現在政府を牛耳る連中が犯している祖国に対する犯罪的な裏切りの共犯者となることを拒否する他の者、歴史の囚人となっている他の者、つまりメヒコの先住民に、「われわれはここにいる。君の言葉をよく聞いている」と応え、語り、話し掛ける。
協議は終了した
まず最初に言っておくべきであろう。今、われわれは最終的な結果を手にしている。今をもって協議は終了した。協議推進実行委員会、青年協議組織委員会、国際連絡委員会は解散することをわれわれは宣言する。この協議に参加した男性と女性は、彼らに実現してほしいと託した約束を遂行する能力をもっている。任務は終了した。どうも有難う。
われわれは三種類の協議が行なわれたとは考えていない。三部からなるひとつの壮大な協議があったと考えている。だから、全国協議の結果、ならびに青年協議、国際協議の結果を受け取った今、われわれは協議は終了したと宣言する。そして、あなたたち全員に感謝するため、われわれは今こうして言葉を発している。われわれは、協議に一、二、三級という差があったとは思わない。一二才の若者や八四才の老人の言葉も、ギリシア人、フランス人、イタリア人、英国人、北米人、南米人、アジア人、オセアニア人の言葉、どれもが、われわれにとって価値あるものである。
この平和の試みに対する支援と参加をあなた方に要請したわれわれに対してよい報告をしようと、あなた方は、今日まで全員の力を合わせ、多大な困難を克服することに成功した。当初は無視していた政府も、やがて嫌がらせや妨害を行ないだした。全国協議の実施にむけた努力や協議自体の特性により、電子通信メディアという錯綜した分野も、部分的には切り開かれた。
電子通信メディアの分野では、この全国協議は基本的には二種類の取り扱いを受けた。ひとつは無視という姿勢であり、もうひとつは虚像を作り上げる姿勢（アステカテレビの事例）である。とはいうものの、客観的な立場からこのような市民の模範的な営為の特性について情報を提供する電子メディアが存在し、独占的なテレビ市場に一定の場が切り開かれたことをわれわれは確認しておくべきである。通信メディア、とりわけ電子通信メディアに対する権力の対応は、全国協議との関係で新しいものとなった。信頼性の不足や正統性の欠落によって凋落はしているが、自分たちが体制によって囲われていることに気づいている者は、協議に対して一定の距離を保っていたが、すべてを取り戻し、過去の偽善家どもの穴を埋めようとして、（アステカテレビのように）張り合おうとした者もいる。 支配者集団の内部でも表面に露呈しつつある戦争という雰囲気のなかで、和平に向けた営為を躊躇することなく支援したごく少数の出版メディア、ラジオ放送メディアがあったことはとくに触れておく必要がある。
巨大な通信メディアのなかも完全に空白ではなかったこととは別に、協議の推進者たちは創意と工夫にみちたイニシアティブを開発した。そのイニシアティブは、歴史を語り継ぎ、変革し、豊かにするためにも、この国の歴史に大文字で書き記されるべきである。若者と女性は、おもに政府が社会に広く巡らしている包囲網を打ち破ることに成功し、対話を開始した。それがもつ実際の衝撃は次の時代にはっきりするだろう。
あなた方は、すべてに、あらゆるものに対して、ただひとつの大義、すなわち平和と民主主義という大義を掲げた。すべてを失うだけで何も得ることがないのに、あなた方は再びわれわれを立ち上がらせた。われわれを再び忘却の淵から救いだし、われわれをあなた方のもとに連れていき、そばに座らせた。あなた方はわれわれの言葉に耳を傾け、われわれに語った。あなた方はわれわれがもつものよりずっと大きなものすべてを獲得した。あなた方は、われわれが「仲間」と呼んでいるものをすでに、そして永遠に獲得した。
このことが、今日、われわれが皆さんに言いたかったいちばん大事なことである。そして皆さんに伝え、この場にいないが、存在しているあなた方と同じような他の人たちに聞いてもらい、国や世界の隅々にまで知らせたかったことである。われわれのように小さな言葉、われわれのように忘れられた言葉、われわれのように軽蔑された言葉、われわれのように愚弄の対象となっている者のささやかな言葉である。
どうも有難う。仲間の皆さん！
しかし、われわれが皆さんに感謝の言葉を述べ、協議に体現されていた膨大で英雄的な努力が、われわれの言葉、われわれの心があなた方に投げ掛ける「有難う」の一言で終わるのを確認するためだけに、皆さんがわざわざ遠方から来たのではない。そのことをわれわれは知っている。
人間性の模索
全国協議では多様な問答が展開された。対話である以上、今度はわれわれが語る番である。そこで、全国協議、青年協議、国際協議の協議結果について少しばかり話したい。
メヒコならびに世界の一三〇万以上の人が、メヒコの南東部の山中に顔を隠して陣取る武装した地下組織の者が行なった質問にわざわざ答えてくださった。一三〇万人もの男性と女性は、ＥＺＬＮの質問ではなく、彼らに対話への参加を呼び掛け、説得してきた何万人もの組織者、推進者の努力に答えたのである。この数だけでもひとつの勝利である。それは誰をも、とりわけわれわれをいちばん驚かせた。一三〇万以上の対話があったこと自体が勝利、あなた方の勝利である。
この協議の偉大な教訓、重要な教えは、われわれは話し、耳を傾けるためにわれわれ自身の手で組織できるということである。誰かの指導とか、許可を得なくとも、われわれは対話のためのメカニズムを構築できるということである。協議の結果は、われわれがそのようなかたちで組織できること、よりよき世界に至る道に取り組み、模索する準備ができている人が何万もいることをはっきり示す。よりよき世界とは、誰かがわれわれに約束したり、贈ってくれる世界ではない。権力が望むようなかたちではなく、われわれ自身が望んでいるように、われわれが自己形成できる世界である。
われわれは金という権力を揺さぶる準備ができている。売買できないものがあること、尊厳はお互いに出会う場を組織しはじめていることに気がついていた。金という権力はそれを恐れている。尊厳の出会いは、金の権力の終焉、悪夢の終了へと急速に向うこと、傲慢と愚かさによって支配されていた歴史の一段階が終了することを意味するからである。 この協議は人間が自己に関する主権を行使することである。協議は強大な権力に対するわれわれの自己確認の行為である。協議は、われわれは強大な権力を必要としない！という権力者に対する反対意見の表明である。
協議とは、終わることのない探求、つまり人間性の探求の一部である。
六つの質問
協議された六つの質問に対する回答に関して、われわれはいくつかの結論を出せる。
一、二、三および六番目の質問は大多数が賛成という回答だった。それは以下のことを意味する。
(a)
闘争計画の基盤には一六項目の要求がある。この要求はきわめて重要なものだが、 諸要求を述べるだけでは不十分で、さらに前進させ、諸要求を高く掲げた闘争案ととも に、諸要求を解決するための代替的な具体的な計画も展開させるべきである。
(b)
この計画に関する広範な共同戦線が必要である。協議のなかで表明された市民社会 の大多数の気持ちは、新しい、よりよきものを求め、団結し、お互いの違いを尊重しな がら、ともに歩もうとする意志にほかならない。
(c)
武装闘争を意味のないものにし、市民が非武装で平和的なかたちで政治に参加でき るための最低限必要な条件。
(d)
国の重要な問題の解決を求める闘争への女性の参加が増加し、顕著となっている事 実の確認。女性に与えたり、贈ったりするものは何もないが、彼女たちはあらゆるもの を自分の手で獲得し、自分の権利として獲得してきた。
四、五番目の質問に対する回答の結果を検討し、われわれの対応を示さねばならない。そのためには内部での対話と公式回答が必要となる。われわれはそれを実行するだろう。 協議の結果に関する以上の基本的検討に基づいて、ただちに推測できる事実がある。
全国協議のなかで表明された平和と民主主義に対する基本的回答は、サンアンドレス・サカムチェン・デ・ロス・ポブレスの対話におけるＥＺＬＮ代表団を通じてすでに行なわれている。対話の完全破壊を企てている政府のイニシアティブに対して、ＥＺＬＮの代表団は、交渉のテーマを手続きの規則から解放し、和平のプロセスを新しい方向の軌道に据えようという提起を行なった。この提起を行なうにあたって、仲裁全国委員の努力と和解・和平委員会の議員諸氏の感性は大きな力となった。彼らは、権力の愚かな無分別さにより政府は実態を直視できないこと、ＥＺＬＮの諸要求、新しい正義と尊厳のある平和を求めようとするＥＺＬＮの意志に対する全国的支持があることを協議から読み取った。
平和と民主主義に関する三段階の協議、つまり全国協議、青年協議、国際協議のいずれかに参加した一三〇万人を越えるメヒコならびに世界の男性と女性に対して、ＥＺＬＮはすでに基本的な回答をした。このＥＺＬＮの立場は、政府代表団が示した敵意にみちたサンアンドレスの対話から導かれたものである。
国内外の市民社会に対するこの基本的な回答によって、ＥＺＬＮは、政府側の灰色で凡庸な人物、意味のない交渉にたけた官僚、尊厳を売り渡した変節漢、裏切りのカバン持ち連中、御主人のイメージそっくりにできている連中の愚かさを克服できた。連中の唯一の楽しみは、先住民の話し方、身につけるもの、闘争、インディオであることを愚弄し、先住民を辱めることである。和平プロセスを挫折させることに固執し、自分たちの給料と権限の維持に腐心していた連中は、協議の過程で示された国内外の動員によって乗り越えられてしまった。連中を引きずり出し、連中が絶対に認めないと主張してきたこと、すなわち尊敬と誠実さを基盤とした対話を行なうことを彼らに認めさせた。
サンアンドレスでの対話が終わった段階で、新たな生命が発見されたのは、政府の意志ではない。交渉という会議の場での態度を変えるよう権力や権力に奉仕する官僚に要求した何十万人もの男性と女性の声のなかである。
サンアンドレス・サカムチェン・デ・ロス・ポブレスの夜明けは協議がもたらした。
しかし、この基本的回答だけでは十分ではない。一三〇万以上の人間が自らの意志を示した投票用紙の片隅に印した質問はまだ解決されていない。七番目の質問に関する回答はまだしていない。
協議の後、いったい何をするの？
この質問に答えるため、われわれとしては、サパティスタの運動、国の状況、国際状況に関して、この一九九五年に何が起きたかという簡単な総括をしなければならない。
サパティスタの運動について、われわれは以下のように整理できる。
第一段階。
政権の交替と軍事攻勢によって特徴づけられる。すでにＥＺＬＮと対話している状態にあるという事実を作り出す一方で、最高政府はＥＺＬＮが戦争準備をしているというばかげた筋書きをでっちあげた。サパティスタ指揮官の正体を暴露したと吹聴し、自称最高政府の法律の適用すると称して、一九九五年二月九日に裏切り行為を敢行した。きわめて薄い合法性のメッキで、自分たちの行為の合法性の欠如を覆い隠そうとして、悪い政府は国全体を市民戦争の瀬戸際にまで追いやった。政府が予想し、期待したこととは逆に、政府は即時に起きた政府の対決姿勢を拒否する大規模な社会的動員に直面しなければならなかった。軍事攻勢の最初の時期には、サパティスタの嫌疑をかけられた市民に対する破壊や迫害という戦略が展開された。そのために、電子通信メディアの支援、報道新聞にいるお雇い連中に頼ることとなった。いわゆる「イルエガス［当時ﾉ政府側代表］路線」、法には法をもって対応するという戦略は挫折した。違法行為は強制された合法性のなかですらコンセンサスを勝ち取ることができなかった。一九九四年一月の抗議を凌ぐメヒコならびに世界中の人々の抗議によって、動きだしいた殺戮機械を止めることができた。国会議員によって構成される委員会、いわゆる「和解・和平委員会」(COCOPA)は、政府のばかげた行為が国を奈落の底に導くことに気づき、合法性を踏み躙ってきた法的愚行に合法的な解決策を与えられると思われる法案を一九九五年三月六日に提出した。
第二段階。
一九九五年三月六日の法案に基づき、政府は対話と交渉という方針を再び採用することにした。立法権力、三月六日の法案、和解・和平委員会は事態が本来の大義に戻るという希望を切り開いた。しかし「イルエガス路線」は行政府に助言を続け、チアパスに関する政府の無定形な政策によって内務省長官エステバン・モクテスマ・バラガンは更迭されてしまった。体制に反対し、民主主義をめざす平和的な闘争に携わっている著名なひとりの政治家の尽力によって、一九九五年四月九日に「サンミゲル会談」が実現した。この人物の調停がなければ、対話と交渉が開始することはありえなかった。その一方で、市民社会は、この新しい法案によって成立している脆弱な平和を繋ぎ止めるための新しいイニシアティブを発揮しだした。平和キャンプがいくつも設営され、チアパス州のフランシスコ・ゴメス行政地区にあるサンミゲルのエヒードでの会談の実現が可能となった。
第三段階。
サンミゲルで採択された合意事項は、協定が結ばれて一〇日もしないうちに早々と政府によって裏切られた。連邦行政機関の人種差別主義的な本性は、いわゆる「サンアンドレス会談の第一期」ではっきりと露呈した。政府代表団は、新たな裏切りから先住民の同志を守ろうとした先住民の動員を見下し、インディオに囲まれて対話することを拒否した。政府の愚かさを体現するある人物は、嘘だらけのビデオを配布し、通信メディアを嘘でまるめ込んだ。この嘘は長続きしなかった。しかし、行政府のでたらめさは、その後も頻繁にサンアンドレスの対話に派遣された灰色の代表団が露呈することになった。変節漢や偽善家からなる政府代表団がしたのは、サパティスタ代表団を辱めることだけだった。兵力引き離しをめぐる両者の概念の違いは、対話はどうあるべきかをめぐる基本的な立場の違いを覆い隠すものでしかなかった。政府代表団が強制しようとした侮辱と、ＥＺＬＮがめざした交渉という違いである。兵力引き離しの対策を取る一方で、手続きの規則をめぐる議論は、政府にとっては対話を失敗させる絶好の機会でもあった。
第四段階。
平和と民主主義に関する協議は、再び和解・和平委員会に聴取役という役回りを見いだした。サパティスタ代表団の成熟した思慮分別、ならびに和解・和平委員会のイニシアティブによってサンアンドレス会談の第四期は成功し、われわれは現在の新段階に入ることができた。
国内外の情勢の分析
しかし、政府の無能さはサンアンドレスの対話で暴露されただけではない。国内の情勢は、国の生活の全局面を覆っている深刻な危機を反映している。経済危機は、金持ちが減り、ますます金持ちになり、貧困者は増加し、さらに貧しくなっているという方程式に要約できる。これは国際金融資本に貢ぐことを唯一の目的とする経済政策が継続するなかで発せられた断末魔の叫びである。社会危機は、公共の治安を維持する組織の腐敗が増大するのに呼応した犯罪の増加となって現われている。経済危機の衝撃や政治面の解決策の不在によって、社会組織はズタズタに裂かれている。(道徳的、倫理的)政治危機は諸政党を押し流し、不信と懐疑主義が蔓延している。文化危機(通信メディア)も深刻である。
権力を掌握する集団内ではあらゆる掟破りがみられた。自らの生き残りを求めるむなしい再整備の過程にある。
これから起きる犯罪は破滅を迎えるだろう。その結末がどのようなものであれ、われわれは犠牲者とでもならないかぎり、そこに含まれることはない。対立するどの分派も、国のことなど考えず、自分の幸福と生き残りのことしか考えていない。普通一般の市民というものは、最良の場合でも存在しないし、最悪の場合は抹殺できる。権力とその内部抗争にとっては、われわれ全員が無視できる存在である。われわれが、普通の市民でも、枢機卿［一九九三年五月二四日､ｸﾞｱﾀﾞﾗﾊﾗﾉ飛行場ﾃﾞ麻薬ﾏﾌｨｱﾆ殺ｻﾚﾀﾎﾟｻｰﾀﾞｽ枢機卿］でも、共和国大統領候補［一九九四年三月､ﾃｨﾌｱﾅﾃﾞ暗殺ｻﾚﾀPRIﾉ大統領候補ﾄﾞﾅﾙﾄﾞ･ｺﾛｼｵ］でも、政党の書記長［一九九四年九月､ﾒﾋｺ市ﾃﾞ暗殺ｻﾚﾀPRI書記長ﾎｾ･ﾌﾗﾝｼｽｺ･ﾙｲｽ･ﾏｼｭｰ］でも、裁判官［一九九五年六月一九日深夜､ﾒﾋｺ市ﾃﾞ暗殺ｻﾚﾀｱﾌﾞﾗﾊﾑ･ﾎﾟﾛ･ｳｽｶﾝｶﾞ連邦区最高判事］でもかまわない。すべての主権意志を放棄する政策、国際金融市場に国家を売却する政策を強要しつづけている。この国の歴史ではかっては同義語であった石油と主権も、今や政府の政策からは除外されている。
民衆の戦いのなかで、孤立していたがお互いの連絡を模索していた抵抗の核がいくつも形成された。チアパス、ゲレロ、タバスコ、ルート一〇〇労働組合、ＵＮＡＭへの進学を拒否された学生［一九九五年ｶﾗ付属高校生ﾉUNAM進学ｦ統一試験ﾃﾞ決ﾒﾙ制度導入］、エル・バルソン運動などは、まだ分散しているが、未達成の状態である相互調整を行なっていく準備をしている民衆による広範な抵抗運動の一例である。
メヒコ人民といわれる多数派の人々の中には、不一致、相互不信、憎悪がいつも存在している。しかし、希望はまだ小さいが、絶えることなく存在している。
政府が作り出した混沌に対して、権力の「代替者」が登場する。ひとつはＰＡＮの指導部である。ＰＡＮの支持者は、メヒコに「多国籍軍」が介入することを支持するという意味合いのＰＡＮ総裁の意見表明を思い出すべきである。もうひとつはＰＲＤの指導部が模索する実現不能な「中道」政策である。彼らは「合法闘争」を「妥協による闘争」を上品に言っただけの「協定に基づく闘争」と取り替えることを図々しく宣言している。もうひとつは過去の政治家がテクノクラートの無力さの代替策として提案している改革されたＰＲＩである。一方では、自主管理の試み、いわゆる「人民の、人民による、人民のための政府」、すなわち民主主義の新しい在り方が模索された。一九八五年と一九八八年、市民連盟、非政府組織の台頭、ＥＺＬＮ、テポストラン、エル・バルソン運動、ルート一〇〇労働組合、タバスコの市民抵抗、ＵＮＡＭから排除された学生の運動などである。
国際的にみれば、今や混沌は新しい世界秩序を特徴づける形態となっている。
第四次世界大戦はすでに金融市場の場で始まっている。欧州連合、日本、北米という三つの巨大な戦力をもつ超大国は、もはや国ではなく、金融資本を体現しているのである。近代的な軍隊は情報と経済の専門家によって構成され、新しい戦場は証券取引所にある。 国際化という過程、それに真っ向から対抗する考え方である民族国家を霧散解消させる現象が世界全体に提示されている未来である。
戦争はいまだに資源の分配と所有という旧来の論理に基づいて繰り広げられている。国家相互の分裂は、今や国内での二極分裂に取って代られている。この新しい戦争において新しい敵となるのは、われわれ自身なのである。
現代の混沌、人間性の破壊に関する理論としての新自由主義は、ナチズムのイデオロギー的後継者であり、「民族浄化」戦争と不寛容の理論的基礎でもある。新自由主義は現代戦争の理論である。あらゆる戦争と同じように、その目的は、その敵、つまり人間性を身体的にも精神的にも破壊することである。
しかし、こうした状況にもかかわらず、世界の左翼のなかで、人間性という本来の旗印との再会がみられる。かすかだが独自の輝きをもってきらめながら、敗北したと思われていた者たちが気づいているのである。自分たちの任務はまだ終了していない。すべきことは残っている。歴史はまだ終わっていない・・・
次は何をするの？
この質問に対する回答は簡単である。国内的にみて次にすべきことは、現在崩壊している祖国を再建することである。一方、国際的には、現在完全に破壊されている人間性を再構築することである。つまり、次にすべきことは、闘争し、勝利することである。
以上が「協議の後、何をするの？」という質問に対するわれわれの回答である。共同して責任を担うようあなた方に呼び掛ける。あなた方に行動するようお願いするだけだ。われわれはここであなた方の行動を待つ。あなた方に差し上げた「われわれ」を現実のものにしてください。
国内では
次の段階は、政党をもたない反対派の主要な政治・社会勢力が参加できる全国対話にむけた大きな会議のテーブルを組織することである。政党の人間、政治の大家たち、国の命運を決定し、決定できると信じているエリートたちは、残りのメヒコ人は自分と同じ場にいるのはふさわしくないと考える。
しかし、民主主義への移行は、この存在しない対話のテーブルからはもたらされない。もたらされるべき場所、下にいるメヒコ人、民衆の意志からもたらされるだろう。
すなわち、政府や政党には、選挙制度改革などにむけた彼らなりの政治的な対話や合意をさせておけばよい。しかし、われわれは、古いタイプの政治組織ではない新しい組織の在り方を模索するため、人々、人民との対話にこだわりつづける。
われわれが考えているのは、声をもたないすべての人々が対話する全国的な会議のテーブル、民族解放のために本当に戦っている人々の団結の構築を模索する全国対話という大きな会議のテーブルである。
われわれが望むのは、メヒコの政府ではなく、メヒコ人民がわれわれの主張に耳を傾けてくれることである。われわれが聞いてほしいのはメヒコの人民であり、政府ではない。われわれは、民主主義への移行のなかでともに変わっていくため、お互いに合意できることをメヒコ人民に期待する。われわれが政府に期待できるのは、嘘、裏切り、ペテンだけである。自由、民主主義、正義はわれわれの手でしかで作ることができない。誰もわれわれに贈ってくれない。
以上が「協議の後、何をするの？」という質問に対するわれわれの答えである。
政府ぬきでわれわれの全国対話にむけた大きな会議のテーブルを構築するという、われわれが共同して歩むべき新しい段階がある。全国対話に関するわれわれの考え方は、われあわれは立派な国の政治家先生ではなく、市民社会と同席するということである。このことが全国対話にＥＺＬＮが参加する「形式」となることをわれわれは和解・和平委員会に言っておきたい。われわれが望むのは、われわれの提起する議題設定に基づく、われわれの招待者との「特別フォーラム」の開催である。このＥＺＬＮと市民社会との全国対話という大きな会議のテーブルこそ、われわれが、和平の過程に対する貢献として、和解・和平委員会に援助を要請しているものである。
和解・和平委員会が、ＥＺＬＮに「国家改革のための」全国対話に参加するよう提案しているのであれば、その形式を模索しているわれわれとしては、われわれが望む形式は市民社会との対話という形式であることを和解・和平委員会に伝えたい。ＥＺＬＮと、非政府組織、ルート一〇〇労働組合、エル・バルソン運動、個人としての市民、社会組織、登録されていない政治組織など、他の自立した勢力が参加する会議である。
国家改革のための会議という場で行なわれる全国対話の連絡役となっていただくよう、われわれは和解・和平委員会に提案したい。諸政党や政府と同席し、彼らにこの全国対話の結果を紹介する役目を和解・和平委員会に担っていただきたい。この全国対話のなかから提出される提案を国会に提案することを約束するよう、和解・和平委員会にお願いしたい。チアパスだけではなくメヒコ全体で民主主義のともなった和平の過程に積極的に参加するよう、和解・和平委員会に提案したい。市民が自分の考えを表明し、聞いてもらえる場をもっていたなら、声を聞いてもらうために武器に訴えた議論をする必要はなかったはずである。和解・和平委員会は民主主義への移行のなかできわめて重要な役割りを担う歴史的なチャンスを迎えている。和解・和平委員会には、立法権力が行政権力からの独立性を発揮し、それを再確認する番がやってきた。
和解・和平委員会が提案を引き受けてくれればいいが、引き受けないなら仕方ない。われわれは、なんとしてもそれを実現し、市民社会の声を国政に関する高次のフォーラムに伝える方法を探すだろう。
しかし、それですべてではない。全国対話の新しい段階にむけた活動を開始するよう、われわれはあなた方に要請する。ＥＺＬＮと市民社会の新しい関係のなかで活動するよう呼び掛ける。以下のことを実行するようあなた方に呼び掛ける。
(1)集落、行政地区、地域、州レベルで、対話のための市民委員会を形成する。
(2)その委員会の目的は全国対話という市民会議の場を軌道に乗せる。
(3)そのテーマは以下のとおりである。
ａ：ひとつの闘争方針に基づいた国のプロジェクトの策定と女性の対等な参加。
ｂ：反対派全国戦線のプロジェクト。
ｃ：組織、政府、市民の新しい政治的関係、国と先住民の新しい関係。
ｄ：ＥＺＬＮを基盤とする新しい独立した政治勢力の創設。
(4)その特性は、無党派、無条件であり、祖国の再建という大義以外には組織としての取り決めをもたない。憲法によって守られ、公開され、市民によって担われ、地下組織でも非合法でもない。
(5)登録事務所は、ＥＺＬＮの中央委員会と全国各地の公認支部である。
(6)新しいアグアスカリエンテスの創出する。サパティスタ支援の基盤組織が政府の援助を受け取ることなく「サパティスタ抵抗センター」を建設したように、ＥＺＬＮの先住民族の市民、都市の市民（非政府組織など）と協働して、新しいアグアスカリエンテスを各地に創設する。
グアダルーペ・テペヤックのアグアスカリエンテスの破壊に対して、より多くのアグアスカリエンテスを建設しよう。われわれはあなた方に提起する。その新しいアグアスカリエンテスを多くの抵抗センターに出現させよう。われわれは市民社会に呼び掛ける。「多くのアグアスカリエンテスを建設しよう」。われわれはあなたの援助を必要としている。一緒に抵抗センターを建設しよう。そこであなた(市民社会)と私(ＥＺＬＮ)が共同して先住民の生活を安定したものにするために何かしよう。医薬品、医師、医療スタッフの揃った非政府の立派な病院、さらには能力養成学校やワークショップ、こども用の玩具、女性のためのワークショップと学校、映画館と劇場、スポーツ施設などあらゆるものを設置しよう。しかし政府のものは何もいらない。このように、人民が指令し、われわれが政府を必要としないことを理解し、メヒコの人民が対話し、合意できる。われわれは共同してそれを確認できる場所を作り出そう。その場所において、われわれは政府や政府軍、警察のない正義と尊厳のある平和を自分のなかに建設できるだろう。
われわれは人民が政府の援助がなくても自分たちの力でやっていけることを示したい。多くの場所においてサパティスタの旗印、サパティスタの尊厳ある旗印を定着させるために、われわれはあなた方の援助を必要としている。政府がわれわれを攻撃しようとするなら、ひとつではなく数多くのアグアスカリエンテスを破壊しなければならなくなるい。学校、図書館、病院、こども用の玩具、劇場、映画館、ダンスホールを破壊しなければならない。政府は、世界中にその本当の顔、人間性を意味するものすべてを抹殺する顔を露呈することになる。
以上が、われわれがあなた方に問い掛けた六つの質問に関して皆さんが返してくれた六つの答えについて、われわれが提案する六つの行動提起である。
国際的には・・・
人類のために戦っている、つまり新自由主義に反対して戦っている全勢力を糾合した大陸間集会を実現することである。
仲間の皆さん
一九九四年の一月一日以降、われわれは意見を語り、耳を傾けてきた。その日以降、われわれは、それまで用意することも、夢見ることもなかった対話に参加している。われわれを包む旗と同じ旗を掲げ、武器をもたず顔も隠さず、戦っている男性と女性との対話である。その旗とは、蛇をついばむ鷲が描かれ、緑と赤に挟まれた白色の旗である。その旗の中央には、われわれの先住民の起源を有することが堂々と宣言されている。国家宮殿に巣食う犯罪者の徒党によって乗っ取られている状態の旗を取り戻されねばならない。その旗によってわれわれは仲間となっている。メヒコの国旗である。
われわれを誕生させ、今の存在にしてくれたものを忘れはしない。
われわれ反乱者は、昨日の法律違反者、過去の犯罪者がわれわれにもたらした歴史的な遺産をもっている。イダルゴ、モレロス、アジェンデ、ピピラ、オルティス・デ・ドミンゲス、ナルシソ・メンドサ、ゲレロ、ミナ、ガレアーナ、グアダルーペ［以上ﾊ独立期ﾉ反乱者］、フランシスコ・ビジャ、エミリアーノ・サパタの遺産である。われわれ反乱者は、マデラ市の軍用監獄の襲撃者やアルトゥロ・ガミス［一九六五年九月二三日ﾆﾁﾜﾜ州ﾏﾃﾞﾗ市ﾉ兵舎ｦ襲撃ｼﾀｸﾞﾙｰﾌﾟﾉ指導者]、七〇年〜八〇年代の政治・軍事運動の栄誉を担った世代の後継者であり、隠蔽されるという屈辱を味わうことのない未来をもつ権利をもっている。
われわれ反乱者にとっては義務を遂行することが唯一の報酬である。
われわれ反乱者はあなた方でもある。あなた方とわれわれ、今日の反乱者は、われわれをお互いに結びつけ、今という時代すべてに繋ぎ止めている巨大な地下の水脈の存在を認識すべきである。それは祖国である。
あなた方とわれわれ、今日の反乱者はひとつの大義をもっている。われわれの運動は正統性を有する運動である。われわれの手のなかで旗印として掲げてる大義、すなわち民主主義、自由、正義という大義は正当なものである。
反乱者の大義とは、「すべてをみんなのために、われわれはなにもいらない」である。 偽りだらけの欺瞞的な合法性、国の尊厳を血と泥で汚す悪い政府の連中が愚かに強制する合法性により、われわれとあなた方、つまり反乱者は犯罪者として迫害されている。
悪い政府がわれわれに提供する未来とは、非愛国者、変節漢、去勢者、不毛な反復、不正のはびこる未来である。悪い政府は民主主義を忘却し、金と犯罪の自由、免責や権力の独占的所有といったかたちの正義しか提供しない。
自分がばらまいている嘘に基づいて行動しているせいで、政府はいつも嘘をつく。しかし、国の構成者は、権力を握る蛇蝎のごとき連中だけではなく、それ以外の人もいる。そのことを政府も時には思い出すべきである。それ以外の人、つまりわれわれが、自分自身を統治する方法を習得すべきことは明白である。
ドローレスの叫びから一八五年、メヒコ中央部の革命から八五年、マデラ市の監獄襲撃から三五年、学生運動から二七年、メヒコ市を襲った地震から一〇年、九月という月は祖国、われわれの祖国を語る時である。テポストラン、タバスコ、ルート一〇〇労働組合、チアパス、大学都市、暴利の貸し付けに反対しているエル・バルソン運動、全国の先住民の覚醒、そして国のあらゆる場所で、祖国は生きている。
以前と同じように現在も権力は聞く耳をもたない。今も権力は対話をせず、独り語りをするだけである。権力は交渉せず、妥協を強要する。権力は約束を実行せず、騙し討ちにする。権力は言葉をもたず、裏切る。権力は生かすのではなく、殺す。
権力を握る連中はもう政府とはいえない。連中は、自分たちこそ権力であり、政治危機から立直り、すべてが以前の状態に戻ると信じつづけるだろう。しかし、連中はすでに敗北してしまった。権力の空白は新たに権力を行使する者によって埋められねばならない。 国が破壊された以上、われわれの手で国を再建しなければならない。われわれ自身の手によってである。権力が築きあげることを拒否している平和をわれわれの手で築きあげねばならない。
われわれに政府は必要である。われわれから連中が奪い取り、その後で破壊し、その瓦礫までが売りに出されている政府をわれわれの手で築かねばならない。
政府が妨害されている時には、政府は新しい提案と向かい合わねばならない。
対話はわれわれのなかで行なうべきである。われわれが自分自身と向き合うなかから、国に関する新しい提案が生まれるかもしれない。それは国のための歴史的なプロジェクトであり、祖国の復興と再建策である。権力を握る連中がわれわれに提供し、押しつけようとする祖国は、もはや必要ない。われわれが今望み、必要としている祖国、唯一実現可能な祖国、唯一尊厳ある祖国、すなわち民主主義、自由、正義が公平に共有される祖国を提起すべきである。
それは次のことを意味する。国の歩む道に関する新しいプロジェクトを議論し、前進させるため、国を愛する全勢力による全国会議のテーブルを開設することである。すなわち民主主義、自由、正義へと至る道、祖国への道、メヒコへの道を皆で共同して模索するため、対話を行なうことである。
メヒコ南東部の山中より
ＣＣＲＩ−ＣＧ・ＥＺＬＮ、反乱副司令官マルコス、
メヒコ、一九九五年九月
追伸 ： 戦術と戦略についての講義。
当時メヒコと呼ばれた国において、もうひとつの地震が無関心と自閉的状況を打ち壊したあの年（一九八五年）、われわれは泥と雨にまみれた九月の夜明けを迎えていた。老アントニオはわれわれが避難していたシュロ掛け小屋の焚火の勢いを強くした。外に出ようとしても無駄である。老アントニオはそのことを知っていた。乾燥すると、泥は皮膚や記憶を傷つけるザラザラの土に戻ってしまう。老アントニオは、私と同じように髪にまで固まって付着した泥のことではなく、湿気にみちたわれわれの到着を歓迎して近づくブヨや蚊を撃退しようと考えていた。焚火の儀式に続いて、タバコの儀式が始まった。ひとりずつ煙を吐き出しながら、独立戦争に関する話が始まった。老アントニオは、私の話しのなかでイダルゴ、モレロス、ゲレロ、ミナ、ピピラ、ガレアーナ一族のことが語られるのを聞きながら、一点を見つめうなずいていた。私は学校で教わった歴史や教訓を繰り返したのではなく、これらの男性と女性の孤独や、迫害や中傷にもかかわらず前進しつづけた彼らの意図を再構築しようとしたのである。メヒコの山中でのビセンテ・ゲレロのゲリラ戦争の長い抵抗に関する私の話が終わらないうちに、老アントニオは咳ばらいをして話を遮った。それは、煙の出るパイプの熱と同じように、新しい驚きが彼の唇に届いたことを告知するものだった。
焚火の火と記憶をかきたてようと息を吹き付けながら、「そのことなら少しばかり覚えている」と、老アントニオは言った。こうして、昔と今の反乱戦士の間、煙と炎の間に、老アントニオは、重くて価値ある荷物の包みを降ろすように、次のようなお話を語る言葉を降ろしていった。
剣、木、石、そして水の物語
老アントニオはパイプをくわえている。言葉をくわえ、言葉に形と意味を与えている。老アントニオが話す時には、耳を傾けようと雨は止み、水と暗闇も一休みする。
「われわれの大昔の祖先は、この土地を征服しようと到来した異邦人と対決しなければならなかった。異邦人はわれわれに別のやり方、別の言葉、別の信仰、別の神、別の正義を押しつけるために到来したのである。異邦人の正義とは自分のためだけの正義である。彼らはわれわれの正義を奪いとった。彼らの信仰が優れたものとなった。彼らの言葉は嘘だった。彼らのやり方は残酷極まりなかった。われわれの偉大な戦士は彼らと対決した。異邦人の魔手からこの土地を守ろうとするこの土地の住人との間で激しい戦闘が起きた。しかし、異邦人が携えてきた力はとても強力だった。偉大で優れた戦士は戦闘に倒れ、死んでいった。戦いは続いたが、戦士が少ないので、女性やこどもまでが、倒れた者の武器を手にした」
「その時のことである。祖先のなかのより抜きの賢者が集り、剣、木、石、水の話を始めた。ずいぶん昔の話である。人間が働き、身を守るために持ってきた物がその山中に集まった。神々は本来の在り方に戻っていた。つまり、寝ていたのである。というのは、当時の神々は、もっとも偉大な神々、世界を誕生させた神々、最初の神々ではなく、きわめて怠慢になっていた。白みはじめた夜明けのなかで、男と女は身体を摩滅させ、心を成長させていた。夜は静まりかえっていた。夜が静かにしていたのは、自分に残されているものが少なくなっていることを知っていたからである。そこで剣が話した」
老アントニオは話を中断し、「こんな剣だ」と、大きな両刃のマチェーテをつかんだ。炎の光を受け、ほんの一瞬だが光輝き、また暗闇に戻った。老アントニオは話を続けた。 「そこで剣が話した。こう言った。
『俺様はいちばん強い。何でも壊せる。俺様の刃はよく切れる。俺様を手にする者は権力を手に入れ、俺様に歯向かう奴は死ぬことになる』
『嘘だ』と木が言った。『俺がいちばん強い。俺は風や激しい暴風にも抵抗してきた』 剣と木は戦った。木は身体を強く、硬くすると、剣に立ち向かった。剣は木を何度も打ち据え、幹は切断され、木は倒れた。
『俺様がいちばん強いのだ』と剣はもう一度言った。
『嘘だ』と石が言った。『私がいちばん強い。私は硬いし、古参だ。重いし、力強い』 そして剣と石が戦った。石は身体を硬く、強固にすると、剣と立ち向かった。剣は石を何度も打ち据えた。石を壊せなかったが、いくつもの破片にした。剣の刃はなくなり、石はバラバラになった。
剣と石は『引き分けだ』と言って、二人の戦いが無意味だったことを嘆いて泣いた。
小川の水は戦いを眺めるだけで、何も言わなかった。それを見ていた剣は言った。
『おまえがいちばん弱虫だ！おまえは誰に対しても何もできない。俺はおまえよりずっと強んだ！』と言うやいなや、剣は全力を込めて小川の水に飛びかかった。大騒動と騒音が起こり、魚はびっくりした。しかし、水は剣の打撃に対して何の抵抗もしなかった。
一言も言わず、水はしだいに元の形を取り戻し、剣を包んで元の川の流れに戻り、自分たちの喉の渇きを癒すために神々が作った大きな水のなかに剣を飲み込んでしまった。
時間が経ち、水中の剣は古くなり、錆びだした。刃がなくなったので、魚たちも恐がらずに近付いて、剣をからかった。恥ずかしさのあまり、小川の水の中の剣はすごすごと引き下がった。刃がなくなり、敗北したくせに、剣は文句を言った。『俺様がいちばん強いのだ！だが、水には何もできなかった。水は戦わずに俺様を打ち負かした』
夜明けとなり、太陽は昇り、新しくなるため一緒にいて疲れ切ったひと組みの男と女を目覚めさせた。男と女は、ほの暗いうす明りのなかにある剣、バラバラになった石、倒れた木、歌っている小川の水を見つけた。
祖先たちは、剣、木、石、そして水の話を話し終えると、こう言った。
『時には、われわれは野獣に対して剣のように戦わねばならない。時には、われわれは暴風に対して木のように抵抗しなければならない。時には、われわれは時間に対して石のように戦わねばならない。しかし、時には、われわれは剣、木、石に対する水のように戦わねばならないこともある。今こそ、われわれは水となって、川へと向かうわれわれの道を歩む時期である。その川は、われわれをもっとも偉大な神々、世界を誕生させた神々、最初の神々が渇きを癒した大きな水［海ﾉｺﾄ］へ導くものである』
老アントニオは言った。「われわれの先祖はこのようなことをしたのだ。荒々しい打撃に抵抗する水のように、先祖は抵抗した。異邦人は暴力を携えて到来し、弱者を驚かせ、勝利したと思い込んだ。しかし、時の経過とともに古くなり錆びだした。いったん勝ったのに、どうして負けてしまったのか理解できず、異邦人は隅で恥ずかしくなっていた」
老アントニオはパイプとかまどの薪に火をつけると、こう付け加えた。
「こうして、われわれのもっとも偉大で知恵のある先祖は、異邦人との大戦争に勝利した。異邦人は出ていった。小川の水が川に向かって歩みつづけるように、われわれはここにいる。その川は、もっとも偉大な神々、世界を誕生させた神々、最初の神々が渇きを癒した大きな水へ、われわれを運んでくれる」
夜は明け、それとともに老アントニオもいなくなった。私は太陽の歩みを追って、川に合流するまで蛇行している小川の縁に沿って、西へと向かった。鏡の前には、夜明けの太陽と日没前の太陽との狭間に、真夜中の太陽の柔らかい愛撫がある。快癒とは傷である。水とは渇きである。出会いは探求を続ける。
老アントニオの話にある剣と同じように、二月の政府の攻撃は、何の障害もなくサパティスタの土地を侵攻した。見事な柄がつき、強力で目もくらむような権力の剣は、サパティスタ領域を打ち据えた。老アントニオの話にある剣と同じように、大騒音と大騒動を引き起こし、それで何匹もの魚がびっくりした。老アントニオのお話と同じように、その剣による打撃は強大だったが・・・無駄に終わった。老アントニオのお話にある剣と同じように、それは水の中に留まり、錆びつき、古くなった。水はどうしているかって？水は自分の道を歩み続ける。剣を包んだまま、それに気づくこともなく、川へと到着する。その川は、もっとも偉大な神々、世界を誕生させた神々、最初の神々が渇きを癒した大きな水へと、その剣を運ぶだろう。
今一度、ごきげんよう。健康に気をつけて。水が身体を楽にし、癒しますように。
副司令官は小川を下っているところだ。
出典：La Jornada, 1995年10月１日 【小林致広＝訳】
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